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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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事件の対処

「キャアアアアアアアア!」 


 その悲鳴を聞きつけ、部屋の中に続々と人が踏み込み、横たわったまま動かないその女性を中央に、自然と半円状に並んだ。

 白のブラウス。彼らが見下ろす女性のその腹部から血が衣服に染み出ているのがわかる。

 そして、口からは一筋の血。死んでいるのは遠くから見ても明白であった。

 そして、これが殺人事件であることも……。

 ざわつき、頭を抱え、口を覆う者たち。その中、一人の男が前に歩み出て言った。


「第一発見者は貴女ですね? その手に持っている鍵から察するに貴女が鍵を開けて中に入った」


 その風貌と風格。探偵、それも名探偵だ。自信に満ちた顔。その鋭い眼光に見つめられ「はい」と返事をした女は未だ死体の前にへたり込んで動けない。腰を抜かしたということだろう。

 探偵は口に手をやり考える。すると、ふと何かを思い出したように周りを見渡したあと、大声で言った。


「彼は、私の助手はどこへ? おーい!」


「はいはいはい! 先生どうしました、あ! ひぃ! 死体!?」


 ひょうきんな振る舞いに場の空気が緩む。

 探偵はやれやれといったジェスチャーをし「殺されたのが君ならまだ良かったのにね」とジョークを飛ばす。

「ちょっとひどいですよー!」と助手。そのヘラヘラした態度に一人の男が前に出る。


「おい! 私の妻が殺されたというのにふざけているん――」


 ――カン! カラカラ……


 男のジャケットの内胸ポケットから血が付いたナイフが落ちた。

 その響いた音は止んだあとも訪れた静寂の中で耳の奥に残り続けた。

 皆の視線がナイフに注がれる中、探偵と男の目が合う。男はハッと気づいたようにナイフを拾い上げると、ポケットの中にしまった。

 そして咳払いを一つ。


「おい! 私の妻が殺されたというのにひゅざけているんじゃない!」


「……これは失礼しました。ほら君も謝って」


「え、いやいやいや。ナイフ、落としましたよね?」


 と、またも静寂。いや、クスクス笑いも少々。その笑いが消えるまで、しばしの間。その後、探偵が口を開いた。


「えーっと、まあ気を取り直して……それぞれのアリバイを聞いていきましょうか」


「え、あ、ちょっと! 私たちを疑うってい――」


「いやいや先生! 犯人はあの人でしょう!? しかも噛んでたし! ひゅざけんじゃないよって! お前がだよ!」


「……いいから黙っててくれ。さ、アリバイの方を――」


「いやいや無理ですって! ほら、みんなも見たでしょう! 犯人はコイツだよコイツゥー!」


「き、君! 無礼もいい加減にしろ! 私は妻を愛し――」


 ――カン!カラカラ……


「また落としたよコイツゥー!」


「プフッ!」


「え、彼女、今、息を!?」


「で! まずはそうですねぇそこの――」


「いやいや先生見たでしょう! 彼女まだ生きてますよ! よし! 人工呼吸を!」


「では! 端から行きましょうか! あなた方は! このペンションに泊まりに来た被害者の友人夫婦ですね!」


「え、あ、はい」


「くそぉ! うぐぐぐぐ、すごい抵抗を……」


「わ、わ、私の妻の死体に触れるな! あ」


 ――カン! カラカラ


「お前もいい加減にしろ! しっかり凶器をしまえ!」


「ほら先生、やっぱりナイフ落としたの見てたんじゃないですかぁ。このナイフをほらー」


「……見えない」


「いやいや、こんなに目の前にあるでしょう? ほらペチペチペチって今頬を叩いているのは何ですぅ?」


「見えない! いいからアリバイを!」


「いや、ほら犯人は夫ですって。見てくださいよあの……うわ、放心状態だ」


「いいからそれを彼に返すんだ!」


「ちょっと! やめてくださいよ! 大事な証拠ですよ! それに返したところで」


「よこせぇ……殺すぞぉ……」


「た、探偵が絶対言っちゃいけないやつ」


「滅茶苦茶にしやがってぇ……死ねぇ……」


「う、やめてくださいってば! 渡しますよほら!」


「ふぅぅぅぅぅぅ……ほら、アンタちゃんと持って! 早くポケットにしまって! ほらそのハンカチでその滝のような汗も拭いて!」


「あ、はい……」


「いや、逆! ナイフで拭くな! しまえってんだよ!」


 笑いの渦に包まれる場内。

 必死に軌道修正を図るも失敗に終わり、天井を仰ぐ探偵役。

 本職であるお笑いのコントのようにハプニングを笑いに変えようとし、上手くいったとしたり顔の助手役。

 崩れるように土下座する夫役のベテラン俳優。

 大笑いする死体役女優。

 暗転し、いったん下ろされる幕。

 その各々の姿が観客の瞼の裏に残像となり、笑い声と共にしばらくの間、残り続けたのだった。

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