俺が俺が俺俺だよ俺で俺俺俺
「よう、入るぜ」
インターホンが鳴り、ドアを開けた俺に俺がそう言った。
そう、『俺』だ。そこに俺がいたのだ。
ドッペルゲンガー、変身宇宙人、別次元の俺、あるいはロボット。あらゆる可能性が瞬時に頭の中に浮かび、それに気を取られたせいで部屋に入ろうとする俺を止め損ねた。
「な、なあおい! 俺、じゃなくてお前、なんなんだよ!」
俺は俺にそう訊いたが、俺は『どうせ説明してもわからないだろ?』というような面倒臭そうな顔をしただけで何も答えず、冷蔵庫の中を漁り始めた。
「あ、おい! クリームパン! 俺のだぞ! 食べるなよ!」
「俺の物は俺の物。お前は俺だから俺の物」
聞き覚えがあるようなないような強引な理屈に俺は反論しようとしたが、またしても別のこと、ドアが開いた音に気を取られ、結局その機会は見送りになった。
そして部屋に入って来たのは俺。余りの衝撃でさっき、ドアの鍵を閉め忘れたのは不覚だった。
その俺はソファーで寛ぐ俺に軽く挨拶し、冷蔵庫を漁り始めた。
俺は一先ずドアの鍵を閉めに玄関に向かう。
ドアチェーンまで掛けて、これで一安心。
ホッとしたところで俺はアイツらをどうするか、何かに利用できないかと考えた。
仕事を代わりばんこに行くのは楽できそうだが……駄目だな。引継ぎが面倒だし、それに食費やら何やらも三倍になるんだ。今の仕事じゃ食っていけなくなる。無理だ無理。
俺による俺の効果的な活用方法を見出せず、どう追い出そうかと考えているとインターホンが鳴った。
まさかと思い開けると、そこにいたのはやはり俺。俺は俺を『会いたかったよぉ』と抱きしめると同時に部屋の中に。
そして『お? ここだここだ』と続々と俺が部屋の中に入り込んできた。相手が俺だけに俺は俺に対し、強く抵抗できず、総勢二十名。元々狭いアパートの部屋の中だけあって息苦しい。
俺が美形、せめてナルシストなら少しはマシな気分なんだろうが、あいにく違う。それに、鼻毛が出ている俺や顎の髭の剃り残しの俺やら気になることばかり。
笑う俺、泣く俺、怯える俺、怒る俺は俺だ。
バリエーション豊かな俺たち。そのうち、俺同士が相撲を取り始め、やりたい放題。
邪魔だからとソファーを窓の外にぶん投げ、ガラスを割り、ケチャップを壁に塗りたくる。スナック菓子を触った手でテレビ画面を撫でつけ、どの俺が持ち込んだかは知らないがカラオケセットで歌いだす。
やめろと怒鳴るも、それもどこから持ってきたのか警察官が持っているような拳銃を見せびらかす始末。
そうこうしているうちにまた俺が勝手に俺を招き入れ、俺が増える。
俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺。
俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺。
俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺。
俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺。
俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺。
俺による俺のゲシュタルト崩壊。いやオレタルト崩壊。
俺の靴の音が聴こえる。もはや俺とは何なのか。
俺は俺であり、俺もまた俺なのだ。
そんな哲学的な思考の小宇宙の中を漂っていると、俺の一人が行こうぜと手招きをした。
ゾロゾロと出ていく俺たちにホッとしつつ、俺も部屋を出てついていく。
俺は俺たちが何をするのか気になったのだ。もし、何かやらかされたら俺の評判に関わる。
と、思ったら案の定。立ち寄ったコンビニで籠いっぱいに商品を詰め万引き。歩いている禿げ頭の男の後頭部を殴り、美人に痴漢。喫茶店の窓ガラスを割り、俺たちは逃走する。
俺による俺の暴動。走りながら破壊を振り撒き、チンコも出した。
俺は俺に向かってやめろ! と怒鳴り、殴った。それはあとで俺に対し言い訳できるようにするためだったのかもしれない。俺は俺を精一杯止めようとしたと。
殴り、蹴り、また俺は俺に殴られ、殴り返し、そして今殴られたのは俺か?
あそこで殴り合っているのは俺と俺だ。喧嘩だ喧嘩とはしゃいでいるのも俺だ。今、車の上に乗っているのはこの俺か? 俺を押さえている二人の俺が俺か、それとも押さえられている俺が俺か。
わからない。もうどうにでもなれ。
そんな気分で俺が膝を抱えて座っているといると俺の一人が肩を叩き、指さした。
その先にあったのは空き家のドア。
俺は俺に促されそのドアを開け、中に入る。
と、不思議な事に俺が住むアパートの前の道路に出た。
俺は階段を上がり、インターホンを押した。
ドタドタと足音がし、俺がドアを開けた。
「お、俺?」
「ああ、俺だ」
俺は俺の驚いた顔が妙におかしくて、笑いながら部屋の中に入った。
「おい、俺の部屋だぞ! 勝手に何してる! あ――」
そう、気兼ねすることはない。俺の部屋だ。そしてここには俺一人だ。
ははははははははははははははははは
俺が崩壊する音が聴こえる。




