知らない兄ちゃん :約1500文字 :ホラー
おれがガキの頃の話だ。高校生くらいの、知らない兄ちゃんと公園でよく遊んでたんだ。きっかけはなんだったかな。忘れた。たぶん、友達と遊んでたときに向こうから話しかけてきたんだと思う。名前も、どこに住んでるのかも知らない。でもまあ、そういうもんだろ。つるむっていうのはさ。その兄ちゃんはゲームやお菓子をたくさん持ってきてさ、楽しかったなあ。
親は「小さい子が好きな変態じゃないのか」「やめときなさい」とか言ってたけど、おれも友達もみんな男だったし、気にならなかった。
まあ、あとになって世の中には小さい男の子が好きな男もいるって知ったけど、特にイタズラされたりはしなかったな。その兄ちゃん、見た目も普通だったし。
親の言うことは無視して、その兄ちゃんと遊び続けた。年上と遊ぶって、なんかクールだろ? みんなより一歩先に行ってるって感じがしてさ。実際、酒やタバコの味もそこで知った。頼んだら持ってきてくれたんだ。万引きのやり方もその兄ちゃんに教わったんだぜ。
でも、それがまずかった。ああ、味のことじゃない。誰かが告げ口したのか、噂が広まったのか、学校の先生から直々に「関わるな」とお達しが来たんだ。
それで、兄ちゃんとは会わなくなった。なんか冷めたんだ。まったく悲しくなかったな。あの頃は他に楽しいことはいくらでもあった。
それからしばらくして、おれが高校生になった頃。
暇でブラついてたら、ふと、あの兄ちゃんどうしてんだろうと思った。で、なんとなくあの公園に足を向けたんだ。
人けのない公園でさ。遊具もなくて、あるのはベンチと木、それとコンクリートでできた山。といっても小さくて平べったいから、台座みたいなもんかな。そこでよく爆竹鳴らしたり、カードゲームやって遊んでた。
でも今は子供の声もしない。ああ、誰もいないんだろうなーって思いながら、ひょいと覗いたらさ……
いたんだよ、あの兄ちゃんが。
昔と同じようにコンクリートの山に胡坐かいてた。まさか、来る日も来る日も、おれたちを待っていたのかと思ったね。正直、引いた。ああ、ゾッとしたね。死期の迫った老人みたいに見えた。
でも、すぐに思い直した。
少しして、兄ちゃんはおれに気づくことなく公園を出ていった。おれはそのあと、あの兄ちゃんが座っていた位置に腰を下ろした。
あの兄ちゃんは、昔もそこに座って、よく公園の隣の家を見上げてた。
もしかして、あれは好きな子が住んでる家で、おれたちと遊ぶのは口実で窓を覗いてたんじゃないか? あわよくば、『私も混ぜて!』って言われるのを待っていたんじゃないのか?
そう思ったら、おれもスケベ心が湧いてきて、何気なくその窓を見た。
でも、何もなかった。
当然だ。カーテンがかかってるしな。おれはつまらなく思い、ふと視線を落とした。
そして、その下にある木を見たとき、気づいたんだ。
そいつは、木の陰にいた。
一目で人間じゃないってわかった。シミュラクラ現象って知ってるか? 点が三つあれば人の顔に見えるってやつ。そいつはギリギリ、人の顔に見えた。
おれはすぐ逃げ出した。みっともないくらいに、走った、走った。
でも逃げられなかった。
そいつはそれ以来、ずっとおれの周りにいる。物陰から、時々顔を出すんだ。
そして、おれは気づいたんだ。
あの兄ちゃんはおれたちの誰かに“そいつ”を押しつけたかったんだと。
自然に見なきゃいけないんだ。「ほら! そこの陰にいる!」って、指をさすと、そいつはヒュっと姿を消しちまう。
厄介だよな。おかげで親にも頭がおかしいと思われて、今じゃ腫物扱いさ。
でも、あの兄ちゃんも馬鹿だよな。集まったおれたちの誰かがそいつを偶然見る確率なんて、どれくらいあるよ? きっと毎回、腹の中で祈ってたんだろうな。
……なんでこの話をお前らにしたかわかるか?
おれが来る日も来る日も、お前らガキどものご機嫌を取ってきた理由がさ。
この落書きだらけの廃倉庫。何もないよな。そう、おれがせっせと中の物を運び出したんだ。これで、あいつが隠れられる物陰はたった一つしかないだろ?
ああ、見える。振り返らなくても、お前らの目に映っているからな。
ああ、これでやっと――。
……あ?
その牙は知らな――




