箱の中の猫は
「ねえ、ままー。ねこちゃん飼っていいでしょ?」
駄目よ、と母に言われた私は不貞腐れた。
学校帰りに拾ってきた子猫。それを腕に抱える私に母は汚いものを見るような目を向けたのだ。
昔の話。嫌なことというのは、ふと思い出すものだ。
そう、私は嫌な記憶と一緒に箱の中に仕舞った。
ありがちな段ボールの箱。誰かに拾われるまで寂しがらないように内と外側に花のシールを貼り、夜中、誰にも見られないように周囲を警戒しながら、暗い路地裏の隅に箱を置いた。
泣き声が、自分のしたことが恐ろしく思い、蓋を閉めて、そそくさと立ち去った。
箱を置いた場所には二度と近寄らなかった。
怖かったから。できるはずなかった。すると代わりとばかりに夢に出てきた。
箱が薄汚れ、湿っていく様。滲み出るあの液体は何色? アスファルトに染みてわからない。ただ、すごく濃くて臭いが酷い……
「ねえ、ままってばー。いいでしょー? ままも昔拾ってきたっておばあちゃんが言ってたよ?」
暗い路地裏に置いてある箱に向かって走り出そうとした娘の腕を強く掴む。
駄目よ駄目。あの箱は駄目。
娘の言葉で蘇った記憶。
見覚えのある花のシールの箱……。
「ほら、ないているよ? 開けてあげようよー。暗くてせまくてこわいんだよー」
箱に入れた時、あの子はまだ温かかった。毎日テレビをチェックし、見つかったかどうか探った。
でも情報はなかった。
そのうち今度はいい人と出会い、箱に仕舞い切れなかった嫌な記憶は片隅へと追いやられた。
「ほらほら、あの声、絶対ねこちゃんだってばー! 開けてみようよー。ままも好きでしょ?」
駄々をこねて結局飼うことになった猫は結構、長生きした。
死んだ時、腕に抱いたあの猫は拾った時よりもずっと大きく、それでいて冷たかった。だから連想はしなかった。あの子のことは。その後も思い出すことはなかった。
「ちゃんとお世話するからー! わたしがあの子のおねえちゃんになってあげる!」
違うわ。あなたが妹なのよ。
「ままー! 痛いよー!」
娘の腕を引っ張り、箱から遠ざかる。
「ねこちゃん……」
箱の中身は私の罪。
開けるまで中身がどうなっているかはわからない。
だから私は絶対に開けない。
これから先もずっと。




