表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

556/705

田中

 久々に田中のやつから連絡がきた。

『先日、海外出張から帰ってきた。呑みに行こう』と。

 多分、自慢話を聞かせられることになる。だから会うのは気が進まなかったが、お土産があると言われたらしょうがない。

 俺は畳の上でゴロゴロしていた田中に留守を頼み家を出た。


「よぉ」

「うぃ」


 ざっくりとした挨拶を交わし、飲み屋の中へ。

 田中。こいつとはもう随分長い付き合いになる。


「ふーっ、田中は何にする?」


「とりあえずビールだろう」


 俺は田中にそう答えた。奴はさっそく「日本のビールかぁ、久々だなぁ」とこちらに聴こえるようにボヤいた。

 俺は無視し、顔を逸らすと、店員のネームプレートが目に入った。

 この居酒屋『田中屋っ』の店員の名もやはり田中。

 そう田中。そこの席もあそこの席も座っているのは田中だろう。その証拠に田中がグラスを掲げ「田中に!」と叫ぶと、全員が返した。


「田中にカンパーイ!」


 そう田中。みんな田中。田中だらけのこの町は遠い昔、気の合った田中同士が引っ越し、集まり噂を聞いた田中がやって来て、それを町おこしにまた田中が集まり……といった具合に田中だらけになったという。


「おい! 佐藤の国の奴らがまた荒らしに来たらしいぞ!」


 そう言い、居酒屋に駆け込んできたあの男も田中。

 何を! 許せん! と息を巻いて出て行ったのも田中田中田中たち。同じ名字は仲間意識を強くさせるのだ。


「相変わらずだなぁこの町、それにこの国は。アメリカは――」


 アメリカ帰りの田中。早く土産くれよ。ペラペラペラペラ、外の喧騒も気にせず喋ってら。

「佐藤がいたぞ! 捕まえろ!」と外でどっかの田中が叫んでる。

 近頃じゃ勢力争いが激しい。特にこの町は佐藤と鈴木と高橋、それぞれの町と隣接している言わば国境地帯。揉め事が多いのも無理もない。他の名字同様、淘汰されたくなければ抗うしかないのだ。

 と、この前演説していたのも偉大なる指導者田中。田中、田中、田中。みーんな田中でみんな同じ。

 でも平等か? 違うね。目の前のアメリカかぶれの田中はエリート会社で、田中財閥の直下の会社。俺はその末端の末端の田中印刷会社。

 だからこうして飲み屋のメニューの値段を気にするのさ。ん、この田中の盛り合わせってメニュー気になるな。魚か?


「た、助けて……!」


 そう血塗れで店の中に入って来たこいつは佐藤か? 田中の巣窟に助けを求めに来るなんておかしな奴だ。

 案の定、田中たちに足を掴まれ店の外に引き摺られていった。

 きっと火炙りだ。佐藤も鈴木も高橋もよく燃える。


 アメリカバカの田中の自慢話はまだまだ続きそうだ。俺はグラスのビールをちびちび飲み、家に置いてきた飼い猫の田中を想う。


 そんな俺の名字は実は東京。今やその名を失った都市同様、勢力争いに飲まれて消えた少数名字の末裔。他の潜伏中の名字と手を組み、いずれは革命を起こすのさ。


 なんてな。


「なぁ……お前も一緒にアメリカに亡命しないか? この国は息苦しいよ……。

今ならスミスってクールな名字、あ、ラァストネェイムが貰えるんだぜ!」

 

 と声を潜めつつも興奮を隠しきれないアメリカ信者の田中。


 田中よ田中。

 どこへ住もうとも名字が変わろうとも、大して変わりはないと俺は思うんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ