狼が来たぞ
「狼が来たぞ! 狼だ! 狼が出たんだ! みんな、狼だー! 本当に狼が来たぞ!」
その少年はひとしきり叫んだあと、膝を突いた。
反応が無い。耳の穴に入るのは風の音と荒い呼吸音。
自分の言葉など、もう何の価値もない。聞かせる相手がいないのだから。
村人は全員死んだ。昨日、見張りの最中に居眠りをしたせいで村人は全員、恐ろしい狼に噛み殺されてしまったのだ。誕生日を迎え、自分だって見張りくらいできるとせっついたばかりに……。
今更もう遅いとはわかっていても少年は言わずにはいられなかった。込み上げる悔恨の念。穴を掘り、村人を埋葬している間もしきりに呟き続けた。
「狼が来たぞ……狼が……来たぞ……」
もうこの村は終わりだ。一人では生きてはいけない。
簡素な墓を作り終えた少年は立ち上がり、歩き出す。他の村、あるいは町。人がいる場所へ。ここじゃないどこかを目指して。
埋葬に時間がかかり、もう夕暮れ。歩き、歩き、ふと振り返りそして空を見上げ、最後にもう一度だけ叫んだ。
満月の下。それはどこか悲し気な遠吠えであった。繰り返し、繰り返し……。




