人魂 :約1500文字
夜道。吹きすさぶ木枯らしが落ち葉を蹴散らし、青年はブルッと震えた。
寒い。芯まで凍えそうだ。早く帰ろう――え?
青年の思考を引き裂き、ごっそりと意識を奪ったのは、ボウッと静かに現れた光だった。
青年は引き寄せられるように、道を外れ、墓場に足を踏み入れた。
――人魂……。
そうとしか言いようがない。青白い炎がゆらめきながら宙に浮かんでいる。
近づいても逃げない。作り物ではなさそうだ。意思はあるのか?
青年はそっと手を伸ばした。
……暖かい。
裸電球のような熱。近づきすぎると熱いが、適度な距離を保てば心地よい。
人魂は敵意を感じなかったのか、それとももともと人懐っこいのか、嬉しそうにくるくると青年の周りを回った。
その無邪気さに思わず顔がほころぶ。
「ふふっ……」
さて、どうしようか。これからますます寒くなる。連れて帰れば暖房代わりになる。節約によさそうだ。物が燃えないだろうか? 燃えないならなお良い。アパートの部屋には電気ヒーターしかないし、つけたまま寝るのは少し不安だ。
いや、そんな使い方もったいない。テレビ局に売り込もう。あるいは檻に入れて、駅前で腕に抱えて立っているだけでも良い見世物になりそうだ。
占い師や霊能者を名乗るのもいい。横に置いておけば、それっぽく見えるだろう。
これはいいものを見つけた、と青年はニヤついた。
だが次の瞬間、その笑みが消えた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ……。
暗闇の中から、新たな人魂がゆらりゆらりと現れ始めた。
次々と増え続け、青年はあっという間に囲まれた。
さすがにこれはまずい……よな。
青年は後ずさりした。だが、人魂たちは包囲を崩さず、じわりじわりと距離を詰めてくる。
怒っている……いや、懐いているのか。でも、この数。これはもう、この寺のお坊さんの怠慢としか思えない。
まるで火事の中。火中の栗。
近づけば熱に思わず仰け反る。人魂たちははしゃぐように飛び交い、青年はかわすことで精一杯だった。
それでもよけきれず、いくつかは体に当たり、そのたびに青年は舞い落ちる木の葉のようによろけ、回った。
熱い、熱イ、怖イ。つライ、苦シイ、息ガ、さムイさムイ……。
幻聴が聞こえ始めた。悪寒が全身を覆い、青年は膝をついた。
人魂が迫る――そのときだった。
――ナムアミダブ、ナムアミダブ……。
隣の部屋から漏れるラジオの音のように、くぐもった声が聞こえた。
これは……念仏だ。
青年は声のほうに目を向けた。すると暗闇の中から、ぬっと坊主が現れた。
人魂たちは死骸に群がる蟻に水をかけたように、一斉に四方へと散っていった。
青年は安堵の息を漏らした。
「あ、ありがとうございました……」
青年はお礼を言いながら、坊主に駆け寄った。
だが――。
――ナムアミダブ、ナムアミダブツ……!
坊主は念仏を唱え続けた。額に汗を浮かべ、必死に。苦しげに。熱そうに。
木枯らしが吹き、落ち葉を巻き上げる。念仏を絡め取り、青年の周囲を旋回した。
寒気とむず痒さ、熱さがないまぜになり、青年の胸に不快感が込み上げた。いや、強まった。人魂たちがいなくなり、安心したはずなのに、不安感は強まっていた。
――この感覚は……。
青年はその感覚に覚えがあった。その苛立ちに。
――思い出した。
アパートの隣人だ。深夜、ラジオなのかテレビなのか、いつもくぐもった声が漏れている。苦情を言っても逆効果だった。むしろ音量を上げられた。
仕方なく耳栓をつけて眠る日々。煩わしい上に、完全には防げなかった。
布団を頭までかぶって眠った。熱く、熱い、くぐもった声が聞こえ、それに……それから、悲鳴……炎が……。
――ああ、そうか。電気ヒーターが……帰る家はもう……。
絡まっていた糸がふっと解けた感覚した。
心に絡みついていたすべての苦痛が消え去ると同時に、青年の体はぼんやりと青白く光り始めた。
そして意識は吹きすさぶ木枯らしと共に、窮月の夜空に霧散していった。




