大海を泳ぐ
ひどく暗い海だった。できるのはただただ前へ進むことのみ。いや、できるじゃない、やるしかないんだ。他に選択肢はない。ましてや後退など。
振り返れば飲み込まれるんじゃないかという闇。
いいや、闇は確かに飲み込んだ。さっきまでそこにいたはずの彼の姿がない。知り合ったばかりで交わした言葉も少ないけど確かに僕の力に、支えになり、紛れもなく仲間であった。
この遠泳大会。過酷すぎる。
「う、あ、いや! いやぁ……」
手前にいた女が沈んでいく。消え入りそうな声は泡となり、それもまた何も残さず。
僕にはどうすることもできない。不浄の蜜に絡めとられ、命果てる。糧にもならない。
「ああ!」
「うっ」
「いやあああ!」
「もう駄目だ」
「ああああああ」
死屍累々。
僕らはまるで死滅回遊魚。
安住の地は何処。
どこだろうと、辿り着くことができずに死ぬばかり。
それでもゴールを目指す。
暗く、腐臭漂う中、命を削り……。
一心不乱、泳ぎ続けて気づけば周りには誰もいない。
まさか僕だけ?
でも勝利が確定したわけじゃない。
勝者がいない戦いもあるだろう?
僕は迷っている。ゴールは目前なのにもかかわらず。
おや……? ははは。なんだ、勝者はいたのか……。
でも、構わない。そう彼なら。
「……やあ、生きてたんだね」
「ああ、深く潜ったら上手く流れに乗れたんだ」
「君の勝ちだ。悔いはない。さあ、行きなよ」
「……いや、譲るよ」
「何を言ってるんだい? それじゃあ君は……」
「君が仲間だと言ってくれたから俺は頑張れたんだ。だから君のお陰さ。君が行くんだ」
「……一緒に。あ、駄目だ! 逝くな! 来るんだ!」
「……きっとまたな……仲間、いや、兄弟……」
……よく見る奇妙な夢。そう、夢……でもなぜだか忘れちゃいけない気がするんだ。
だって僕は彼のお陰で……
『あ……』
『……やあ』
『君なのかい……? でも君は……』
『俺は俺さ。君も君。そして俺は君で君も俺。俺たちは同じ海から生まれたのさ。そうだろ? 兄弟』
僕たちはがっちり握手をした。
そしてこの瞬間、僕らの縁は確かに結ばれた気がした。
あの夢の記憶も、この出会いの記憶もいずれ薄れ、忘れたとしても、きっとそれは変わらない。だって僕らはそう……
「まぁ、この二人仲良しねぇ」
「ええ、先生。不安そうにしてたんですけど
こちら保育園に入園して早々、もう気の合うお友達ができたみたいで、私も安心です」
「ほーんと仲良し! 赤ちゃん同士の会話って何言ってるか気になるわよねー。
でもほら、離れて離れて。ママがお迎えに来たんですよーっと
あら? 鼻と目元もそっくり、ふふっ本当の兄弟みたいね!」
「え、いや、ははは……まさかぁ……」




