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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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この人痴漢です!

「この人痴漢です!」


 高々と掴み上げられたその手に周囲の人間の視線が集中した。

 電車内の蛍光灯に照らされたその手は白色めいていて、スポットライトを浴びているかのよう。


 視線は当然、その手の主である男の顔に移る。

 なるほど確かに痴漢顔……と言うのは先入観だろうが仕方ない。まだその感触に浸っているのか、あるいは諦めからかニヤついているのだ。

 同じ車両に居合わせた人々の内に嫌悪感が込み上げ、疑惑の目から批難の目に移り変わろうとしたその瞬間、男が笑った。


「ふふふ。ふっふっふ、はははーっはっはっはっは!」


「な、何ですか」


 痴漢されたと思わしき女性の顔に恐怖の色が再び戻った。先程まではこれで一安心、やり遂げたといった表情だったのに無理もない。自分が今、掴んでいるこの手の男は頭がおかしいのかもしれない。その異常、異質さが伝播するのではないかと、思わず手を離した。


「ふふふふっ! 私が痴漢! はははっこれは傑作だ!」


「な、わ、私の勘違いとでも言うんですか! だってあなたは――」


「はーっはっは! ……いや、真犯人は他にいる!」


 男の発言にどよめく車内。てっきり誤魔化したり、見苦しく下手な言い訳を並べるのかと思っていた。それを期待さえしていたのに、この反応。相当自信があるのだろう。男がふふんと顔を上に向けるとそのおでこが光った。


「し、真犯人なんているわけないじゃないですか! 犯人はあなたです!」


「いやぁ、いるんだよそれが。そしてそれはこの車両内にいる!」


「それはそうでしょう……」


「いいですか皆さん。確かにこの女性は……そう言えばお名前は?」


「田中……美香ですけど」


「この田中さんは尻を揉まれていた。もみもみもみとね。しかしこの混雑具合。

このように田中さんの正面に立つ私が彼女の尻を触るのは難しい」


「でも手を伸ばせばそれも可能だろ!」

「そうだそうだ!」


「ふふふ、貴重なご意見をどうも。では今、そうおっしゃったそこの男性お二人。

手を伸ばして正面の人のお尻を触ろうとしてください。

どうです? この密集の中。手首、腕が圧迫されることは避けられないでしょう?」


「た、確かに」

「苦しい」


「それでは尻の感触を楽しめなああぁぁい!」


「いや、そんなの――」


「口を挟まないで美香さん。まだ私の話の途中です。

いいですか皆さん。ええ、確かにそれでも触ろうと思えば触れるでしょう。

ですがよく思い出してください美香さん。あなたはどっちのお尻を揉まれたのですか」


「え、お尻ですか、み、右ですけど……」


「いいですか皆さん! よぉーく思い出してください。

美香さんに掴まれた私の手。右手ですか? 左手ですか?」


「……あ、右手だった」

「確かにそうだ」


「そうです! 向かい合い立っている私たち!

なぜ私がわざわざ右手を伸ばし

彼女の右尻を揉まなければならないのでしょうか?

左手を伸ばせば最短距離。

そっちの方の柔らかな感触を楽しむことができるでしょう。

ですが私の左手は今この通勤鞄を握っている!」


「途中で持ち替えたんだろ!」


「……ふーっ、やれやれですね。いいですか?

左手で揉んだ後、右手にもその感触を味合わせてやりたくて持ち替えた?

馬鹿馬鹿しい。それなら素直に左尻の方を触るでしょう。

ですが、美香ちゃん。あなたは右尻だけを揉まれていましたね?」


「ちゃんづけで……いやそもそも名前で呼ばないで欲しいんですけど」


「ですね?」


「……まあ、はい」


「おおー」

「右尻だけかー」


「そして、なぜ私がその事実を知っていたか。私は見ていたのですよ。

この混雑の中、胸に押し付けられる彼女の頭、その髪のいい匂いを嗅ぎながらね!

彼女の尻を揉み続けた真犯人は彼女の斜め後ろに立つ、そこの貴方だ!」


「な、な、嘘だ! 何を証拠に」


「そのキラリと光る腕時計! 見間違いませんよ!

そいつに彼女の服の繊維がたっぷり付着しているはずだ!

後で警察が調べればわかる事です」


「く、くそ!」


「そうだったのか!」

「痴漢野郎!」

「クズ」

「最低ね」


「いや、あの」


「いいんですよ、みーちゃん。勘違いは誰にでもあります。

と、電車が駅にホームに入りましたね。

まあ、私は用があってここで降りますけど。はははお礼なんて別にね」


「いや、だからあなた。私の胸、揉んでましたよね? 真正面から」


「んー……ふっふっふ! まあ、その、見てたら触発されたと言いますか。うん。

はーはっはっは! はなせ! はなせえええ!」

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