夢枕に :約1500文字
一夜目――
誰……だ?
まぶたを開けると見知らぬ女が映った。
私に馬乗りになっている。……これは、首を絞められているのか?
不思議と苦しくないせいで、気づくのが遅れた。
そうだ、苦しくない。なら、問題ない……か? いや、いい気分ではないな。しかし、振りほどこうにも体が動かない。
これは、金縛り……ということは、幽霊か? それっぽさはある。女は痩せ細り、身なりはボロボロだ。
……ん、なんだ? 何か言っている?
「殺して、殺して……」
思わず笑いそうになった。おいおい、『殺す』の間違いじゃないのか。なんで首を絞めているそっちが――
……と、目が覚めた。
ただの夢か。
だが、首に手をやると、まだわずかに女の手の感触が残っていた。
二夜目――
まただ。また目を開けると、女が馬乗りになって私の首を絞めていた。またも私は腕を放り出したまま、抵抗できずにいる。
だが、別に構わない。やはり苦しくはない。ただの夢だ。
……と、目を覚ます。横で寝ている妻が、実は毎晩こっそりと私の首を絞めていた……とかなら、あんな夢を見るのも納得がいくのだが、生憎私は独身の一人暮らしだ。
首を傾げると、ポキッと音が鳴った。
三夜目――
「殺して……殺して……」
女がそう呟きながら、私の首を絞め続けている。
慣れてきたものだが、いったい何なんだ? 生霊の類か?
だが、女に怨まれる覚えはない。私は女性に対して紳士的だ。
それにしても、苦しくはないとはいえ、気持ちのいいものではないな。どうしたものやら……。
……目が覚めた。
首に痕が残っている気がして、鏡を覗き込んだ。
何もなかった。だが……少し痩せただろうか?
四夜目――
「……ああ、わかった。殺してやる」
相も変わらず「殺して」とぼやく女に、私はそう言ってやった。
うんざりしていた。この夢にも。この女にも。
……目を覚ました。
手を握りしめる。
女のあの細い首を思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。
五夜目――
跪く女を見下ろす。
女の首に手をかけ、力を込めた。
これが望みだったんだろう? 叶ってよかったな。
そら、苦しいだろう。こうするんだ。さあ、もう少しだ。あともう少しで……。
なんだ……? 違和感を覚え、手を離した。
……私は何かを忘れている。
目が覚めた。手には、女の首の感触が残っていた。
目を閉じて、テーブルの下に落としたパズルのピースを探るように、夢の内容をじっくりと思い起こす。
六夜目――
「殺し……ああ! 殺して……お願い……」
馬乗りになって、女を殴りつけた。
死なないように加減して。
女は小さな悲鳴を交えながら、「殺して」とぼやく。
私の笑い声がそれを掻き消す。女も泣きながら、時々ヒヒッと笑った。気でも違ったのかもしれなかったが、どうでもいい。
女が動かなくなると腹を踏んだ。こうすると息を吹き返し、咳き込むのだ。
そうだ。ああ、そうだった。いつもこうしてたんだ。
目が覚めた。
そうだ、すべて思い出した。
いつからか毎晩、女が夢に現れるようになったのだ。
理由はわからない。始めはただただ、そこにいるだけだった。暗い女だ。話しかけてもボソボソとしか物を言わない。徐々にその態度に苛立ち、顔を一回ひっぱたいてやった。どうせ夢なんだ、と。いい気分だった。二度、三度と続け、楽しかった。そう、とても。
それから、あらゆる暴力を試した。女は無抵抗で泣くばかり。
だが、それゆえに飽きた。
だから私は趣向を変え、女に私の首を絞めるように命令したのだ。
言われるがまま、女は私に馬乗りになって首を絞めた。
この人はどうしてこんなことをさせるのだろう? 罪滅ぼし? 後悔してるの? そんな考えが女の顔に浮かんだ瞬間、腹を殴ってやった。
女は倒れ、わけがわからないという顔で、私を見上げた。それが愉快でたまらなかった。
その後もその遊びを続けた。女はいつ反撃されるか恐怖に震えながら、私の首を絞めた。私はそれを眺め、楽しんでいた。
私はそのことを忘れていたのだ。まったく、夢の記憶は儚いな。
だが……ああ、スッキリした。今夜、誰か飲みに誘おう。
七夜目――
女の首を絞めた。
女は目覚めなかった。
私は目覚めたままだった。




