禁断の果実
「うーむ、これか……いや、確かに……」
「……どうですか、博士?」
調査を依頼された博士と助手が見上げるのは一本の木。
その枝についている、まるで鉄のリンゴのような見た目のその果実は
初めて発見されたとき、芸術家や活動家の
何らかのメッセージかと話題になったが、どうも違うらしい。
と言うのも一本の木だけではない。
二人が今いるこの森の他の木々にも、その果実が見受けられたからだ。
それも大きさが疎ら。日にちが経ってからまた見れば大きくなっている。
成長、つまり自然が生み出したものに他ならない……が
今、二人の目の前でその果実が枝から落ちた。
ドスッという重々しい音。三転がりほどし、木陰から出たその果実は
日の光に当たり、鈍い光沢を放っている。
「ふふっ、万有引力……」
「はい?」
「何でもない。それより……おお、やはり硬いな。鉄みたいだ。どれ、ハンマーをくれ」
「はい、どうぞ、うわ! いきなり叩かないでくださいよ。
破片とか飛んだら危ないじゃないですか」
「いや、まったく欠けてない。硬い、硬いぞ。ハンマーを握っていた手が痺れるほどだ。
やはり、採れたてだろうが落ちてから何日経とうが変わらないようだ。
まあ、それはこの実が研究室に持ち込まれた時から予想はついていたことだが」
「本物、というわけですね」
「そうだ。なぜこうなったかは恐らく土の中の成分によるものだろう。
……やはりだ、この数値を見てみろ」
「と、なると原因は……不純物。この果実同様、自然界に存在しないもの……」
二人は近くの茂みからはみ出ているゴミに目を向けた。
土に還るプラスチック。
環境問題への取り組みが進めば進むほどそういった素材を使った商品が世に溢れた。
だからと言ってゴミを捨てていいわけではないのに、ハイキング客は捨てて帰る。
埋めて帰るのはまだマシと言えるが、どうせ同じことでしょうと茂みに投げ捨てる者。
それが呼び水となり、そのゴミを見て、まあここならいいかと同じように捨てる者。
土に還らないゴミも一緒に……と、この森は人間のエゴで埋まっていた。
「自然からのメッセージ……ということでしょうか」
「そう解釈するのも人間のエゴかもしれん。ただのニキビのようなものかも。
それはそうとボランティアを募集してこの森の清掃を始めよう。
原因を取り除き、それで木々がこの鉄の果実をつけなくなれば問題は解決だ」
「世間が不気味がってますもんね。何せ砕けないし燃やしても溶けない。
使い道と言ったら人に投げることぐらいですかね」
「はははっ物騒だなそれは……と?」
「どうしました博士?」
「これを見てみろ。電子レンジだ」
「うわぁ不法投棄ですね。でも、よくあるらしいですよ?
廃品回収業者が利用者からお金だけ貰って森だの山だのに捨てていくって」
「ああ、だがこれは、ほら」
「溶けてる!? すごい、ボロボロだ……でも」
「ああ、当然溶けるようなものではない」
「まさか、土が……いや、森が適応を?」
「……全国を調査しなければな」
博士の予想通り、やがて他の森や山、都心の街路樹までにも
その果実は見られるようになった。
そして、それを目にした人々はどこか責められているような気分になり、足早に立ち去る。
知恵の木。遥か遠い先祖が手にした禁断の果実とその罪。
意趣返しのような食せぬその果実はこれからも増え続ける。
やがて、大地があらゆるものを溶かすようになってから大きく、加速的に……。




