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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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太っちょな死神さん

「お母さん、ただい……え?」


「あ、おかえりー!」


「お母さん? あの」


「ん、何?」


「ういっす、おかえりー」


 学校から家に帰ってきたぼくはすごく驚いた。誰だろうこの人。

カーペットの上に寝っ転がって、自分の家みたいにくつろいでいるけど……。

 なんかすごく太ってて、水族館で見たええっとあれ、ああ、トドみたいだ。

 お客さん? お母さんの友達? でも雰囲気が何か、今までにないタイプ。

上下黒いジャージに茶髪。髪型はなんだか髷を結う前のお相撲さんみたい。


「おい、なんだよ? 何か失礼なこと考えてないか?」


「いや、ベ、別に」


「そう? おやつここにあるからねー!

お母さんもう出かけなきゃだからいい子でね!」


「え? あ、うん。いってらっしゃい……」


 お母さんはこの人をリビングに置いたまま出て行った。

どうして? まるで……


「あ、見えてないよアンタしか」


「え、な、なんで?」


 ぼくはまた驚いた。幽霊を見たこと。それがまだ午後の三時なこと。

こんなに太った幽霊がいること。

そしてテーブルの上に置いてあるお菓子を物欲しそうに見ていること。


「ん? 何でってそりゃあアタシ、あー、あれだ。死神だからさ」


「ん? え? 死神!? 幽霊じゃなくて? でもガイコツじゃないの?」


「ガイコツ? ああ、ドクロね。そう言えばそんなイメージだな。

でもほら、見ての通りだな! カッコいいだろ!」


「う、うん……あ、お菓子欲しいなら食べる?」


「お、気が利くじゃないか。でも食えないからいいよ。

アンタが食ってくれ。アタシはそれを見てるからさ」


「う、うん」


 見られるのも困るんだけどな……。

でぶでぶの死神さんは、ぼくが食べてるのを口を半開きにしながら見つめる。


「それで、あの、何しにここに?」


「んー、そりゃあね。死神だしさ。お迎え的なね」


「お迎え……誰か死ぬの!? お母さん!?」


「いや」


「あ……」


 そりゃそうか。ぼくにしか見えないってことは……。


「ま、そういうわけだな」


「でも、なんで? どうして見えるの? みんなそうなの?」


「いや、アンタはクソ子供っと言葉汚くて悪いな。

アンタは子供だからさ、お願いしてアタシが迎えに来たんだよ」


「お願い? あの、それでぼく、助からないの……?」


「決まってることだからね。そんな顔すんな。ほら、やることあんだろ? 

何か思い残すことがないようにさぁ。まあ、ガキだしわかんないか」


「んーじゃあ、手紙書くよ」


「手紙?」


「うん、お母さんとお父さんに。ぼくが死んだあと、読めるように」


「ほー、よくもまぁそんなこと思いつくねぇ……」


「だから漢字教えて! ほらこっち来て!」


「あー? アタシ学がないからなぁ」


「ぼくより? 小学一年生よりは知ってるでしょ」


「小生意気だなぁ」


「あと、終わったら遊んで!」


「へいへいっと」


「……ねえ、どうしてぼく、死んじゃうの?」


「んー、心臓がちょっとね。まあ、たまにあることさ」


「苦しい?」


「いや、寝てる間に……さ。苦しくないよ」


「優しいね。ふ、死神さん」


「アンタもね」


 二人で遊んでいるうちにあっという間に夜になった。

お母さんとお父さんが帰って来ても、太った死神さんは相変わらず寝そべって

ぼくが二人に甘えるのをニヤニヤしながら見ていてなんだか恥ずかしかった。


 ベッドの中に入り、お母さんがいつものように「いい夢見てね」と言って電気を消すと

部屋に一人になったぼくは小さな声で、でっぷりした死神さんを呼んだ。


「もうすぐ死ぬんだね」


「んー、もうちょいだね。眠っている間にって言っただろ?」


「んーそっか。でも眠いからもうすぐだね」


「だな……。それでお前、いいのか?

お母さんとお父さんと一緒に寝たいとか甘えなくて」


「んー、でもぼく死んじゃうんでしょ? 朝起きて二人、すごくびっくりしない?

自分のせいだって思うかも」


「あー、まあ、そうか……ガキのくせによく考えるなぁ」


「ふふふっ……ねえ、ふと、死神さん」


「あん?」


「死神さんって他にもいるの?」


「あー、まあね」


「なんで、他の人じゃなくて死神さんがぼくを迎えに来たの?」


「なんだよ、不満かよ」


「いや、ただ不思議で。何か理由があるのかなって。

ほら、頼んでって言ってたじゃない?」


「別に……あー、まあ、昔さ。アタシの子供が死んじゃってさ」


「子供? それって……」


「私が生きていた頃だね。んで、その子もアンタと同じ死に方をしたんだ。

でもその子はアンタよりもまだ幼くて

それでここよりもっと狭くて汚いアパートで一人でね……。

まあ、だからアンタも一人で怖い思いして死んだら嫌だろうなって思ってね!

まあ、寝てる間に死ぬみたいだから意味なかったけどさ」


「意味はあったよ。ありがとう太っちょの死神さん」


「とうとう太ってること言ったね……」


「あ、ごめん」


「いいんだよクソガキ……眠そうだね」


「うん……」


「寝ちまいな」


「まだいる?」


「ああ、向こうに運ぶまで一緒さ」


「じゃあ、安心だ。いや、ちょっと不安かも」


「アタシじゃ頼りないって? 生意気だね」


「ふふふっ」


「はははっ」


「あ」


「ん? なんだ?」


「思い残したことあった」


「今になってかよ。何?」


「んー、まだ先の話」


「先? いや、でもなぁ。今できるならした方が」


「ううん、お母さんとお父さんのお迎えはぼくがしたいなって話」


「……ああ。頼んでみりゃいいさ」


「神様に? 一緒に頼んでくれる?」


「ああ、天使だけどね。いいよ」


「天使なんだ。でも死神さんも天使みたいだよ」


「はっ、こんな口汚い天使がいるかよ!」


「太ってるしね」


「おい」


「ふふふっ……おやすみ死神さん。いい夢見てね」


「アンタがね……ありがとう」


 ぼくはその声を最後に目を閉じた。

 ぼくは何も怖くなかった。

だって、ぼくを見た死神さんは優しい顔で、まるでお母さんみたいだったから。

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