それぞれの地獄
「ほらそこ! 札落とさない!」
「へぇ?」
「……おい、ほらこれ。何してる、早く受け取れ! また怒られるぞ!」
「あ、あ、どうも、え?」
……ここ、どこだ? さっきの怒鳴り声で目が覚めた感じだけど
ここはまるで夢の中の世界……。真っ白な空間。それで、この列は何だ?
あの門みたいなところに、あ、消えた。今、あの門を越えた人が消えたぞ?
ワープ? 何かの入り口? 一体何の。それにこの札は……あ、何か文字が
「……おい、おい」
「え、あ、な、何ですか?」
「どんな地獄?」
「え?」
「地獄。どんなの?」
「ジゴク……地獄。地獄?」
「いいじゃん教えろって。さっき拾ってやったろ?
ほら、見張りがいない今がチャンスチャンス!」
「あの、地獄って……」
「ん? ああ、初回か。ほら、周り見てみろよ。ここが現世に見えるか?
死んだんだよ、俺たちはみんな」
「え? 死……あ……」
「ショックだよな。わかるよ。それはそうと早く早く! 札を見て!」
「えぇ……こっちの気分もあるのに……え、えっと、ん? 『ナメクジ地獄』なんだこれ?」
「あー、しんどそうだなぁ」
「いや、なんですこれ?」
「あー、しょうがないな。親切なこの俺が説明してやるよ。感謝しろよ?
まず、俺たちはこれから地獄に向かうわけだろ」
「はい……はい? え? いや地獄? ぼ、あ、俺が!?
そうだよ! 何で地獄なんかに!?」
「しっ! 声を落とせバカ! あのなぁ人間が天国に行けるか?
お前、これまで植物や虫も含めてどれだけの生き物殺したよ?」
「い、いや、そんなの……あ、まぁ蚊とか」
「だけじゃないだろ? 花、雑草、それにそう虫だな。ゴキブリ、蟻。
ほら、思い出してみろ。小学生ってよく、夏休みにカブトムシ飼うだろ?
ケージの中で死なせなかったか?
それって立場を置き替えて考えたら結構、残酷なことじゃないか? 閉じ込めてさぁ」
「い、いや、まぁ……」
「地獄行きも納得だろ? 俺はそう解釈し、諦めたね。
ま、そんなことはいいんだ。んで、地獄だけどよ。針山だの血の池だの
マゾな奴からしたらそれほどつらくないかも、慣れたら平気とか思ったことはないか?」
「いや、はい、まあ……」
「で、閻魔様か誰だか知らないが考えたわけだ。
それぞれが嫌がる地獄を作ろうってな。まったくエライもんだぜ。
ま、結局、俺の仮説だがな。奴らは説明なんかしちゃくれないからな」
「はぁ、そ、それでナメクジ……」
「嫌いなんだろ?」
「はい……すごく。それこそ見つけると塩を持ってきて振りかけるくらい」
「へへ、そりゃ地獄行きも納得だな。待ち構えてるぜ、きっと身動き取れなくされて
大量にズリュズリュと鼻や目の裏にまで入り込んで」
「や、やめてくださいよ!」
「はっはっは! ……でだ。交換しようぜ」
「え、それって」
「勿論、駄目なことだろうがほら、見張られてない今がチャンスだ。
試す価値はあるだろうよ」
「それはそうですけど……え、でも、ナメクジ好きなんですか?」
「そんなわけあるか! だがそれぞれに合った地獄
つまり一番苦しめられる地獄が用意されてるって言ったろ?
だから交換したほうがマシってわけだ」
「あー、確かに。それで、オジサンはどんな地獄なんです?」
「俺? 美女ハーレム地獄だな。ゲイなんだ、俺」
「……嘘でしょう。札、見せてくださいよ」
「ふはは、見たって無駄さ。俺もさっき拾う時、お前の札を見たが読めなかった。
多分、そういう仕組みなんだろ」
「で、教えてくれないわけですか?」
「お楽しみってことだよ。死んでからもワクワクしたいだろ?」
「どっちかって言うとハラハラですけど」
「似たようなもんだ。で、どうする?」
「まあ……」
結局、押しに負け、札を交換することにした。
先に門を通るオジサンは消える間際『またな』って小さな声で言った。
もう会うことはない気もするけど、ああ、それにしても
自分は結構、真面目な人間だと思っていたのに、まさか地獄に堕ちるなんて……。
……事故死。現実世界は理不尽だ。
だから死後の世界も理不尽なのも当然なのかもしれない……。
……なんて、わかったような振りしなきゃ泣いちゃいそうだ。
でも泣いたってどうしようもないことだけはわかる。
さっきから何人か泣いているみたいだけど、ああ、はいはい。行きます行きます。
門の先……一体どんな地獄が。
うっ、ここは……。
言うなれば……。
甘いもの地獄。
すごい! 色んな甘いものがたくさん並べられている!
ケーキ、大福、饅頭、プリン、チョコ、お団子……ああとにかく、盛りだくさんだ!
最高……あれ、でも、じゃあなんで? あの人はなんで交換を?
あのオジサンは甘いものが嫌いなのかな? 虫歯?
と、食べなきゃ。おっと嫌そうな顔をしないとね。ここにも見張りがいる。
怖い怖い。「もういやだぁ!」って泣き叫んでいる人の口に
無理やりケーキを詰め込んでいるよ。
甘い物好きがここに居ると知られたらきっと、摘まみ出されてしまう。
だから嫌そうにモグモグモグっと。ああ、最高……いやいや最悪。
ああ、幸せ……。地獄も楽なもんだ……と、そんなに甘いはずはない。
あのオジサンが言った『またな』って多分、もしまた列で会ったら交換しようぜって意味だ。
そうだ。どんな地獄、嫌いな物でも慣れることはあるだろう。
ずっとこのままというわけじゃない。きっと時間が経てば連れ出され
また列に並ばされ、他の地獄に行くんだ。
でもまあ、その時はその時だ。今はこの味を心行くまで楽しもう。
ああ、美味しい。ふふふ、いや苦しい。美味しい。苦しい。美味しい、ああここは天国……。
……あのオジサンは今、どうしているだろう。
ナメクジが好きなはずはない。でもここよりはマシと考えたのかな。
それとも……僕が子供だから優しくしてくれたのかな。
もしそうだったら次、オジサンの行く先は天国だと良いな。
僕はお礼にそう、神様に祈ってあげた。




