信仰者たちよ
「あっ」
「おっと、はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。よく落としちゃうんですよね。ワイヤレスだと」
「あー、わかります。僕なんて、なくしすぎて結局有線に戻しちゃいましたよ」
「ははははっ」
「あはははは」
夜行バス。隣の席が変な人だったら嫌だなと不安だったけど杞憂で済んでよかった。
感じがいいし、他の人も穏やかそうだ……ん? へぇ、なかなか。
「そのキーホルダー、良いデザインですね」
「おお、ありがとうございます。これ、天心教のシンボルなんですよ」
「え、天心……教? それって宗教――」
「おい、あんちゃん。今、天心教って言ったか?」
「ん? はい、それが何か」
「何かって程でもないけどよ。うちの親戚がそこに入ってえらい目に遭ったんだ。
もし、そこのにいちゃんを勧誘しようっていうなら俺が黙っちゃいないぜ?」
後ろの席の強面のおじさんが話を割って入って来た。
まあ、宗教になんて入りたくないし
味方してくれるならありがたいけど、そう藪から棒に……。
そもそも勧誘されたわけでもない。この人だってきっとそんなつもりは……。
「いやいや、無理に勧誘しようなんて思っていませんよ。
それに、ご親戚の話は改革前の天心教でのことでしょう? 最近は全然、違いますから」
「ほんとかね~? なあ、にいちゃん。宗教入るなら天心教より神正会がお勧めだぜ。
俺も入っているしよ」
「え、あの、は? あなたも宗教に……?」
「ちょっとそこのあなた! こんなとこで宗教の勧誘なんてやめなさいよ!
非常識よ! そこのおにいさん、困ってるじゃないの! それも大きな声で……」
「チッ、いいじゃねーか。まだバスは走り出したばかりだしよ。
自己紹介みたいなもんさ。それにアンタも声がデカいじゃないか」
「何よまったく! いいからやめなさい! ねぇ大丈夫お兄さん?」
「あ、僕はまあ、はい、どうも……」
「ところで私、法神宗っていう団体に所属しててね」
「おめーも宗教じゃねーか! ババア!」
「うっさいわよ! おっさんは黙ってなさいよ!」
「まぁまぁお二人ともおやめなさい」
「そうですよ、せっかくの旅じゃないですか」
ふぅ、良かった……。争いだしたおじさんとおばさんを老夫婦が止めに入ってくれた。
身なりも綺麗だし、優しい顔つき。まともな人がいてくれると安心――
「それに宗教なら私たち、ビーシージーエル本部が一番に決まってますからねぇ」
「え、あ、え?」
「ちょっと待った! 聞き捨てならないなぁそうだろハニー?」
「ええそうね、どこが一番の宗教かと言えば私たちが属する光の宝珠団が一番よ」
「ちょっと待ってくれ。私たち一家丸ごと入信しているバゴプパロトト連盟こそが至高だよ。
いいか、大宇宙のエナジーを――」
「あっはぁ! いや笑って失礼。大宇宙の事でしたら私が敬愛してやまない
ツフクク星人を神とし崇める、大宇宙大福大神教が一番」
「はっ! 大が多すぎてマヌケっぽいね。それにマイナーだろ?
俺のは違うぜ。パーフェクトファンタスティック教って言って最強の神を――」
「いいや、神総真理教が至高だ!」
「全一教会!」
「ペペロンチーノ教!」
「ヒッチ・リック団!」
しゅ、宗教団体ってこんなにあったの?
いや、でもなんで……
「まあまあ、皆さん、そう熱くならないで。
因みに私はたんぽぽポカポカ教に入っていますがそれはさて置いて、そこのお兄さん」
「え、あ、は、はい……」
「話の流れからして、あなたは宗教に入っていないわけですね?」
「ええ、まあ……」
「どうです? いやいや、これを機に入ってみてはとは言いませんよ?
しかし、御覧なさい、皆さんのこの熱の上がりよう。
これを収めるにはフラットな目線で見れるあなたしかいません。
さあ、直感でもいいので、もし自分が入るならどの宗教が
どの神様が一番いいか決めてください」
「俺のとこだよな!」
「ワシじゃろ!」
「うちの神様はサイコーよ!」
「いや、俺のところが最強だ!」
「エナジー!」
「うちに来いうちに! 女紹介してやるぞ!」
「こっちは役職つけるぞ!」
「そ、そんな急に言われても……ほら、騒いだら運転手さんに迷惑ですし
もう、この辺で、うわっ!」
何だ今の揺れ、それにこの走り。変……そう、変と言えば全員同じ宗教ならまだしも
どうして別々の宗教に入っている人が一度に集まっているんだ?
僕が申込みできたぐらいだし、このバス自体は普通のバスのはずだ。
偶然? そうじゃなければ、そうまさに奇跡的な確率……奇跡、神……。
「うおっ!」
「なんだ!」
「きゃあ!?」
「ママー!」
「おい、運転手! おい!」
「危ないわ!」
「エ、エナジー!」
「神さまぁぁぁぁぁ!」
これ、あ、あ、あ、か、かみ、神、僕は一体、どの神様に祈れば助かる?
……いや、これ、もしかしたら神様たちも誰が助かるか知らな、試――




