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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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505/705

クリストファーの事件簿

 朝、目覚めた俺はブラインドを上げ、日の光を体いっぱいに浴びる。

 そして、コーヒーブレイク。いつものルーティン。

 豆を選別する手間を惜しまない。これでコーヒーの味に差が出る。

そんな時間があるのも自由業の特権だろう。

コーヒーを啜り、慌ただしく仕事場へ向かう連中の靴音を聴きながら

遥か遠くの大地に思いを馳せる。

 うむ、美味い。この色の飲み物にしちゃ美味すぎる。

コーヒー農家に感謝だな。まさにアイツらの血と汗の結晶ってわけだ。

 ……けっ、気持ち悪い。

 残りを捨てて、シャワーを浴びて家を出た。


 道中、犬の糞があったので靴を掠らせておく。

こうすると面白いんだ。アイツが糞の臭いを頼りに探すからな。

顔につけてやるとこれまた良いリアクションをするんだ。っと、お? へへへ。


「へい、ジミー! 何だ寝坊したのか? それとも、もう店仕舞いか?

お前さんにゃ時計を読む学も優しくしたくなるような面でもないが

その辺のジジイに訊いて、ちょいと股間の鳩を撫でてやれば

今が何時か教えてくれるだろう! ああ、いくら八時半と言っても夜じゃないぜ?

ほら、鳥の囀りを聞けば今が朝だってことは足りないだらけのお前にもわかるだろう?

それとも耳まで使い物にならなくなったのか?」


「ああ、違うよクリストさん! オイラ、ここでクリストさんが来るのを待ってたんだ!

オイラたち、引っ越すことになったんだ!」


「引っ越すだって? そこって『強制収容所』って名前のところか?」


「違うよ! オイラのママがね、とある大富豪に気に入られて

その屋敷でオイラと二人、雇って貰えることになったんだ!

そろそろ出発しないといけないんだけどアンタはお得意様だからね。

挨拶しとかなきゃ不義理ってなもんさ!」


「ほー、それは良い心掛けだな。

確かにダイナーで働くお前のかーちゃんは良いケツをしてるが

いくら腰を振っても、お前まで雇うとは思えないがなぁ。

その大富豪ってのは小児性愛者の顔してたか?

いや、ははは! お前にはわからないか!」


「……ねぇ、クリストさん。オイラ、前から言おうと思ってたけど

アンタは下痢クソを煮詰めたような最低のクズ人間だ」


「はっはっはっは! ……ふざけるなよ。お前みたいなメク――」


 なんだ? 急に言葉が詰まった。おいおい怒り過ぎて脳が伝達をミスっちまったか?

しょうがねぇな。代わりに唾でも吐いて――


「じゃあなクズ探偵! 野垂れ死ね! ペッ!」


「あっおい! てめえ!」


 ジミーは杖を抱えながらクソネズミみたいに素早く走り去った。

あの目の見えないクソガキがよくもまぁ去り際に俺の靴に的確に唾を吐けたものだ。

 クソッタレめ。どうせアイツもアイツの馬鹿なママも騙されてるのさ。

もしくはアイツがママに騙されているんだ。

 家に帰ってみろ。もう引っ越した後。誰もいない、捨てられたのさ。

明日の朝。アイツがいつもの場所で惨めったらしく座り込んでいるのが目に浮かぶぜ。

そうなったらこの件は水に流して犬の糞大盛りサービスの靴を磨かせてやろう。

ただし、素手でな。ああ、楽しみだぜ。


 っと? あれは……


「おいおい、ジャック。まさかお前まで店仕舞いか?

俺は毎朝この道でお前の芸を見るのを楽しみにしてるんだぜ?」


「ああ、クリストの旦那。実はそうなんだよ」


「へぇ、なんだそうかい。まあ、実際にはお前の芸に飽きてきたところだしな。

しばらく休んでまた新作を持ってきてくれよ。

まあ、口と鼻で楽器を演奏するほかにはケツの穴を使うぐらいしかないだろうがな。

それともケツの穴の使い道はもう決まっているのか?

どっかのクソ汚いトイレで再会したりしてな。その時には声を掛けるなよ。

お前のケツに突っ込んでいる野郎にクソ塗れのクソゲイ仲間だと思われたくないからな」


「……いや、実はとあるご令嬢の話し相手として雇われることになったんだ。

病気の娘でな。俺の波乱万丈な人生を聞かせてやりたいんだと」


「ほっほー! 波乱万丈!? まあ確かにお前の人生は苦労が多いだろうが

ホラ話でも聞かせるのはどうかと思うぜ?

お前の体じゃ、冒険らしい冒険はできないだろう。

まあ、這いずって道路を渡り、そこの角の店に行くだけでもお前にとっちゃ大冒険だろうがな」


「……なあ、クリストさん。友として忠告するんだが

アンタの言う事はジョークのつもりなのか何なのか知らないが

最低極まる下衆の囀りだ。ゴキブリは多分鳴かないだろうが

もし鳴いたらアンタの声はそれにも劣るよ。下痢便混じりの屁みたいだ」


「おいおいおいおい、よせよジャック。俺と殴り合いの喧嘩したいのか?

しょうがない、先手はお前に譲ってやるよ、ほら、いいぞ殴ってこいよ。

ほらほらどうした? 華麗なフットワークを見せてくれよ!」


「クリストさん……アンタは救いようがないかもしれないな。

俺はもう行くよ。ほら、迎えが来た。待っててもらったんだ。

アンタに話しておこうと思ってな。まあ、もう会うことはないだろう、じゃあな」


「おいおい、なんだその黒服共は! ほー! 上等な車椅子だな! 貰ったのか?

まるでディナーを運んでいるみたいじゃないか!

まあ、お前の体で食える場所は限られてるがな!

知ってるか? 統計じゃ金持ちの九割は変態なんだとよ!

お前はどんな玩具にされるんだろうな! 楽しみだなぁおい!

なあおいジャック! 聞いているのか! このカタ――」


 まただ、また怒りで声が出なくなった。

ホントにクソッタレのムカつく身体障がい者だ……。

 ん、今また違和感。なんだ? まあいい。

クソ共の事なんか忘れてさっさと仕事場に向かおう。


 そう、真の一日の始まりはこの場所だ。俺の城、コロンボ探偵事務――


「しょ、事務所の看板が……ない! ないぞ!」


 これは事件……いや、落ち着け。きっと秘書のクリスティーンの指示だ。

この階段を上がり、ドアを開ければきっと


『はぁい、ボス。看板が落ちちゃったのよ。

もう古くなってたのね。でもすぐ付け替えるから気にしないでねん』


 ってな風にクソバカな脳だけじゃなく、舌足らずな言い方を……。



「……と、思ったら誰だお前」


 小汚ねぇ階段を上がり、ビルの二階に構えるこの俺の事務所のドアを開けると

そこにいたのは金髪、筋肉ムキムキのクソ馬鹿そうな男。

まるでサーファーかボディビルダーあるいはその両方か。


「あ。俺? 俺はビーン。ビーって呼んでぇ」


 ほらな我ながら鋭い観察眼だ。顔と体は良いが声の抑揚からして

やっぱり馬鹿だこいつは。

その点はクリスティーンと同じだがこいつはそれに加え、ホモくせえ男だ。

反吐が出る。奴の弟? 代理か? 休むなら連絡をしやがれ馬鹿女。

いや、留守電にでも入っているか。電話は俺の机の上、どうだ? ランプは光って……


「いや、誰だ、お前」


「ハァイ! あなた、クリストファーね!? 私、ハル! よろしくね!」


「そうか、自己紹介できるとは驚きだ。最近のゴリラは賢いらしい。

それでハル。どうして俺の椅子に座っているんだ?

ああ、そこの男とホモセックスしすぎてケツの穴が痛いなら仕方ないよな。

あ、待てよ。お前、まさか女か? ははは、悪いな。

てめえらみてえな連中はあまり区別がつかなくてなぁ。

ま、何にせよその汚い靴を俺の机の上からどけろ! 今すぐに!」


「んっ、んっんー! 残念だけどこれ、私の机と椅子なの。

まあ、新しいのが来るまでの繋ぎだけどね。

ほら、だって私に似合わないじゃない? センスが古すぎて」


「オーケー、オーケー。事件には慣れっこだ。

クリスティーンをどこへやった? 何が目的だ?」


「クリスティーン? ……ああ! アンタの美人秘書ね。

彼女はバカンスに行って、そこで出会った男と恋に落ちてそのままそこで暮らすのよ」


「はぁ? 何を馬鹿げたことを……いいか、アイツは俺の秘書だ!

勝手に辞めるなんて許せるか!」


「ちょっとぉ。仕事を辞める辞めないは個人の自由よ?

それにセクハラ上司の職場は御免でしょう」


「セクハラ? 何の話だ……? いつものスキンシップのことか?」


「ご名答。さすが、名探偵! そ、セクハラもセクハラ。大セクシャルハラスメントよ。

これまでよく問題にならなかったわねぇ」


「はっ! あの女は喜んでいた! 尻を触ってやったら猫みたいな声を上げてな!

今更、被害者ぶったって……いや、その議論は今はいい。

それでなんだ? お前がここにいる理由をまだ聞いてないぞ。

俺は慈愛溢れる人間だが

てめぇみてえなホームレスを受け入れる場所はここじゃないぞ。

ああ、道を教えてやるよ。ここを出て角を四階、右に曲がるんだ。

で、少し歩いて立ち止まり、上を向いてそこの窓から俺が吐き捨てた唾を浴びたら

今度は左に曲がってしばらく行くんだ。で、二度と俺の前に現れるな」


「ほーんとよく回る口だこと。でも脳みそはてんでダメみたいね。古くて古くてさ。

ねぇ、本当にわからない? アンタはクビってこと」


「は……? クビ!? 俺がか? はぁーあ、クソ馬鹿げている。

俺のボスは俺だ。クビにするわけないだろう。

名探偵だぞこの俺は! なんだ! 触るなクソ! 座ってろホモ野郎!」


「彼を抑えなくても大丈夫よビーン。ありがとね、かわい子ちゃん。

それで、そういうところよクリストファーさん。

ビーンは確かにゲイよ。でも罵ったりしちゃダメ。そういう時代なの。

そう、虹色に輝く素晴らしい新たな時代よ!」


「新たな時代? 何を言ってるんだ? 時代がそんなに急に変わるか!

ああ、目眩がしてきたぜ。前にもこんな経験したな。

確かあれは、肉を食うために殺される動物が可哀想だとかのたまう

クソヴィーガンと会話した時かな。

それとも地球環境を守ろうとか言っているイカれた目の奴だったかな。

あいつらどっちも似たようなこと言ってたけど自分の糞は食わねえのが不思議だよな」


「ふぅー、変わるのよ。価値観というものはね。

少しずつ少しずつ、そしてある日急にドーンとね!

まだわからない? クリストファー。あなたはこの時代に適してないの。

あなたとあなたの物語はね」


「……何が言いたい」


「いい? ここはね物語の世界なの。仮にも名探偵ならもうわかっているでしょう?

いつものあなたの事件や閃きが用意されたものだって事にも」


「……よーし、いいだろう。イカれクソ女の馬鹿げたクソ話だがいい。

その話が本当だとして」


「本当よ。ちなみに私はヴィーガン。あと地球環境問題にも――」


「黙れ。本当だとして次の主人公はお前なのか?」


「そ! 名探偵ハルの活躍に請うご期待! ってわけ」


「はっ! 無理だね。お前みたいなクソ色のニガ――」


「ほら、そういう所よ。声に出せなかったでしょ? 規制されたのよ」


「ふざ、ふざけやがってこの腐ったくせぇマン――ええい、どけ! 

その汚ねぇケツの穴からクソを漏らす前に俺の椅子から、うっ」


「ハイハイ、暴力に訴えても駄目よ。私の方が強いもん。

世界中のあらゆる格闘技を指導者クラスまでマスターしてるもの」


「てめぇ、みてえな女が、そんな、クソッ、放せ! ……ふー」


「そうそう深呼吸深呼吸。落ち着いて。コーヒーでも飲む? 私もコーヒー好きなのよ」


「奴隷仲間が作っているからか?」


「フェアトレードよ。私、活動を促進しているの」


「知るか! なあいいか、俺が一本電話をかける前に出ていけ、さもないと……」


「お得意様の警部を呼んで追い出してもらう?

確か名前はー、あ、そうそうロイド警部ね」


「知っているのか。親が逮捕された時に知り合ったのか?」


「私の両親は善人で元気よ。ゲイカップルで私は養子。

子どもたちに勉強とゲイについて教えているの。偏見をなくすためにね。

で、ロイド警部。彼は転勤になったわ。後任はケリーよ。」


「悪魔の子ってわけか。で、ケリーだって? どんな奴だ」


「黒人女性で私より少しふくよかね」


「顔は?」


「まあ、人の好みによるんじゃないかな?」


「ブスでクソデブの黒人女ってことか。おまけにクソレズか?」


「あははっ! とことんサイテーねアンタって。

因みにその相棒刑事はアジア人女性よ。レズビアンはその子。素敵でしょ?」


「道端のゲロに供えるのに似合うかもな。

それでじゃあ、ロイドの相棒のローレン刑事も転勤したってわけか」


「そういうこと。さすが呑み込みが早いじゃない」


「黙れ、ああ、頭痛がしてきた……じゃあ、何か?

これまで、俺と関わったことのあるやつら、つまり登場回数が多い人物を全部排除……

おい、俺の別れた妻のエリーもまさか」


「美人な元奥様は再婚して引っ越しって設定になるわね」


「じゃあ、この下の階のバーの美人ママも」


「ええ、サヨナラね。下はゲイバー。居抜きね」


「狂ってやがる。キチガ――クソッ! じゃあアイツもか?

パン屋で働くドモリ症の小男も」


「そ、パン屋は新しくネイルサロンになったわ。ほら、このネイル見て。

そこでして貰ったの。私の朝のルーティーンね。素敵な色でしょう?」


「クソにペンキ塗ったみてぇだ」


「はいはい、ブレないわね」


「それじゃあ、何か? これからはお前が依頼者や行く先々で会った美女と

いやお前の場合イイ男とロマンスを」


「んー? そういうのはどうなんだろ? あってもなくても良い気がするけど

まあ、その場合は相手は美女でいいんじゃない? 私、レズビアンだし」


「悪夢だ……クソを塗りたくったみたいだ」


「経験あるの?」


「黙れ……。じゃあアイツもか。俺の宿敵、怪盗ニコラスも」


「ああ、彼は続投ね。少しくらい旧作との繋がりがないとね。それに彼はゲイよ」


「初耳だ。そんな気配も……いや、適応しやがったなアイツ」


「あなたもゲイって事にして彼と二人、異国で幸せに暮らすっていう案もあったけど」


「ふぅざぁけぇるぅなぁぁぁ……」


「わお、でしょうね。すっごい顔」


「……それで、俺はどうなるんだ? 俺も引っ越しか?」


「あー……それなんだけど。ねぇ、探偵物の最初の事件って衝撃的な方がいいわよね」


「まあ、俺の時も確か中々興味を引く……」


「ああ、気づいた? さすがね。熟練の名探偵の謎の死ってあ!」


「あいつぅ、逃げたねぇハルゥ。追う? 追う?」


「いえ、いいわビーン。そのうち電話がかかってくるでしょう」



 ふざけるな! クソ! クソ! クソクソクソクソ! 町が、そこかしこ変わっていやがる!

妙な虹色の旗! 男同士、女同士で腕を組んで歩く通行人!

それに白人が圧倒的に少ない! ここはどこの国だ?

 なんなんだ! 急に変われってのか! ふざけるな! 

色なんてシンプルでいいんだクソが! クソ! クソクソクソクソクソどもめ!

お前ら全員クソだ! 頭のイカれた異常者だ! 馬鹿でゴミでクズだ!

 てめえの都合と価値観を押し付けて俺という個性を抹殺しようなんて

暴君もクソ漏らす大暴挙だ! 害害害害害害害害だ!

お前ら全員知能が足りてない猿だ猿! 異常動物共!

ズボンからはみ出たクソだ! クソクソクソクソクソクソッたれの―――




「はい、こちらハル探偵事務所よ! お電話ありがとう、ああ、ケリー!

交差点で男性が突然死? うーん、それはきっと……憤死ねっ。

ええ、うん。ふふっ、安楽椅子探偵なんてよしてよ、大した事件じゃないわ。

まだ冒頭よ。これから始まるの、私たちの物語はね。きっとすごい人気になるわぁ」





 視聴者様各位


『華麗に解決! 名探偵ハルのカラフル事件簿』四話以降の放送について。


 この度、放送が打ち切りとなってしまった事をご報告させて頂きます。

 番組を楽しみにしてくださっていた視聴者の皆様には深くお詫び申し上げます。

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