表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

499/705

掃き溜めに鴉

「おー! こっちこっち! 久しぶりだな!」


 夜。賑わう居酒屋。店の中に入ったばかりの僕は声のした方に目を向けた。

 そこにあったのはどこか見知った顔。一瞬ホッとしたけどすぐにまた緊張感が増した。

 僕は軽く微笑み、その座敷に上がった。脱いだ靴を揃えるのを忘れなかったけど

手が震えていたのを誰かに見られなかっただろうか。

 ああ、脇に嫌な汗をかいているのがわかる。

 僕は心の内を気取られないように笑顔を振りまくと促され、空いている席に座った。


「よー! 磯崎! 元気してたか?」


「ああ、まあね」


 そう声をかけて来たのは川上だ。高校時代、サッカー部のエースで快活な男。

 クラスで浮いていた僕とほとんど会話を交わすことはなかったのに

まるでずっと仲が良かったように肩を組んできた。不思議な感じだ。


「ホント久しぶりね」


 西野さん。まさかまた彼女に会えるなんて。

この同窓会の知らせが僕に来た時はどうして? なんて首を傾げたけど

今は来てよかったと思える。

 彼女はクラスで一番モテていた。

尤も僕が彼女と会話をした回数は片手で足りる程度。

それも彼女が気まぐれに、そう、見かけたカタツムリや花に

何となく話しかけてみる程度のものだ。彼女は覚えてもいないだろう。


「あー、そういやいたな。こんなやつ」


 彼は山下。高校時代は野球部でチームに貢献していた。

大学に進学することはせず、そのままトラックドライバーに就職。

 働きながらプロを目指すんだと教室でカッコつけながら無理な夢を語っていた気がする。

川上と同じく、まともに話したことないとはいえ、僕の事を忘れているとは驚きだ。


「ちょっと、その言い方は失礼じゃない。そもそも飲みすぎよ。

まだ全員集まってないのに」


 彼女は東坂さん。昔から優等生。

クラス委員になりかけたくらい真面目な子だった。


「全員ってリストには……ああ、そうか。招待状を送ってきた本人がまだだったな」


 彼は沼田。僕が言うのも何だけど高校時代は特にこれといった特徴がない奴だ。

まあ、今は違うけど。


「多分、そろそろ来ると思うけど、僕らが早く着きすぎたのかもね。

それで磯崎くん。君は最近どうしているんだい?」


 森口。彼の発言で場の空気がピリッとしたのは気のせいじゃないだろう。

 同窓会。それも高校を卒業してから十数年。

就職。結婚。この年代の人間はそれなりに安定しているはずだ。

と、くればマウントの取り合いは避けられない。

 肩書、収入、恋人のステータス、時にはそれを偽りで武装する。

そう、ここは戦場なのだ。でも……


「ああ、僕? 無職って言うかニート」


 やあ。平和を訴え、戦場を駆ける全裸の男、ここに参上だ。

みんなは一瞬、戸惑った顔を見せたがすぐに、ああと優しい顔になった。


「ま、まあ人生いろいろあるわな」

「そうそう、上手く行かないこともね」

「そういうことそういうこと」

「まだ若いし。これから良い相手だって見つかるよきっと」

「そうそう、まあ相手が見つからなくても女は風俗で済ませてもいいし!」

「まあ空白期間は致命的だけどね。就職面接のとき、必ず相手に訊かれるしね。

これまでなにやっていたのかって」


 最後の森口の発言でまた場がピリついた。

みんな黙り、それぞれおしぼりをいじったりビールジョッキに触れたりしている。

 と、ある意味いいタイミングで登場だな。


「おお! 揃っているなぁ!」


「先生!」

 

 僕らは同時にそう声を上げた。嫌な空気を振り払うかのようにオーバーに拍手もした。

 谷村先生。高校時代、クラス担任だった人だ。


「みんな元気そうじゃないかぁ」


 先生はあの頃と変わらない笑顔でそう言った。

数ヶ月前、学校の更衣室や女子トイレの盗撮で捕まった人とは思えない明るさだ。


「先生もお元気そうで!」


 真っ先に笑顔を向ける川上。

きっとこれまでもその笑顔でお年寄りなんかに取り入ってきたのだろう。

 彼は何年か前、詐欺紛いの訪問販売に加え

上がりこんだ住宅の貴金属を盗んで捕まった。


「ほんと、素敵なままですね」


 結婚詐欺で捕まった事のある西野さんが自分の口に指を添えてそう言った。

もしかしたらその仕草が彼女の嘘をつくときの癖かもしれない。


「先生! 乾杯乾杯! 早く飲もうよ!」


 飲酒運転及び轢き逃げで捕まったことのある馬鹿な山下。

酒好きは高校の時から変わらずのようだ。

待ちきれずに飲んでいたんだろう、空のジョッキが片付けられないまま置いてある。


「もーあなたは飲みすぎ。でも乾杯しましょ。注文をっとすみませーん!」


 変わらず優等生ぶりを発揮する東坂さん。

その真面目さと言うか固定観念、考えの足りなさゆえに

知らないうちに不倫の相手にされ、そしてその男をバットで殴り

傷害罪で捕まったことがある。


「先生、それで……その……あとで個人的にお話が」


 沼田。彼は強制わいせつ罪で捕まったことがある。

夜中徘徊し、後ろから若い女性を触るのが彼の手口。

 個人的な話というのは多分、先生のコレクションを欲しているのだろう。


「まずは座ってもらわないと。ねぇ、先生」


 ほんの一瞬だが先生の笑顔に曇りが見えた。

さすがに殺人で捕まった事がある森口を前に緊張したのだろう。

会社の上司を刺し殺した。パワハラを苦にしての事らしい。

発言には気を付けなければならない。



「かんぱーい!」


 僕らはビールジョッキを掲げた。

まさか自分が同窓会に参加するとは思っていなかった。

招待客リストの名前を見なければきっと来なかっただろう。彼らも多分、同じ考えだ。

ニュースでその名が知られて、普通の同窓会なら顔を出す気にはなれなかったはずだ。


「そ、それで、先生。どうしてこの会を開いたんですか?」


 僕は先生にそう訊ねた。思ったよりも声が震えて少し、自己嫌悪に陥る。


「む、そうだなぁ……お前たちは社会のゴミだ」


 腐っても恩師だ。きっといい言葉が聞けるに違いない。

 そう思っていただけにみんな驚いたようだ。固まったまま動かない。


「……だがなぁ。ゴミはゴミなりに集まればできることはあると思うんだ。

だからこの会を開いた」


「そ、それはみんなでボランティアグループを立ち上げるとか? 社会奉仕的な……」


「社会奉仕ぃ? はっはっはっは! 一度レールを外れたら苦労するこの社会!

犯罪者やら無職は白い目で見られる冷たい世の中!

それに一泡吹かせてやるんだよぉ! さあ、計画を立てるぞ! 知恵を絞れ!

いいか! 俺たちはアベンジャーズだ! うううぅぅぅ! アッセンブルゥゥ!」


 先生はそう言うと、ビールを一気に飲み干した。

 ぷはっー! 酒の匂いが広がる。

 ぶち壊しぶち壊し。繊細な料理にケチャップをぶちまけられたようにポカンとする一同。


「……ふふっ」

「はははっ」

「あはははは!」

「はははははははっ!」


 やがて、漏れるような笑い声から一気に卓上は笑顔に包まれた。

 今夜はどう転んでも長くなりそうだ。みんな、呆れるように笑った。

先生が本気かどうかはわからない。ただ寂しかっただけなのかも。

 でも、こんな同窓会もいいものだ、と、みんな、笑い、笑い……。




 ……あの笑い声を聞くと体が震えるよ。

 散々、僕をイジメてくれた川上と山下。

 僕に話しかけてくれた西野さん。嫌がってたことも罰ゲームだってことも知ってたよ。

 東坂さんは落とし物を拾って届けた僕に『キモッ』て言ってくれたね。

 沼田はまあ、特にないけど。

 森口はまた川上や山下と違うグループで僕をイジメてくれたね。


 そして先生。僕は気づいていたよ先生が糞野郎だって事。

まあ当然だけどね。散々、怒鳴ってくれてありがとう。

今でも大人の男を前にすると体が震えるよ。

 僕が無職なのもみんなのお陰さ。だからみんなの事に詳しいんだ。

ネットニュースやトラウマを繰り返し見ていたんだからね。


 さあ、どんどん飲んで未来を語ろう。

持ってきた殺鼠剤を混ぜるには酒と夢に酔ってもらった方が良いからね。

 

 ああ、同窓会ってほんと、いいものだなぁ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ