蓋を開けてみれば
ある夜。仕事を終えた男は、かなり久しぶりにバーに来た。
仕事漬けで部屋に籠りっきりの生活。頑張っていただけに金はある。
今の世の中、出前の種類も豊富だ。
外食せずともそれなりに満足感を得られていたが、外で飲む酒、特に雰囲気は別だ。
それに異性との出会いも期待できる。今夜の男は女の肌に飢えていた。
早速、男は目をつけた女性の隣に座った。
カウンター席。床に向かって伸びる足は細く、白い。長い髪だ。顔は見えない。
しかし、そのプロポーション、佇まいから美人だと察した。
美しい姿勢や仕草などは普段からの心掛け、そして自信がないとできないものだ。
男はつられて背筋を伸ばした。そして酒を二杯注文。当然、自分とその女性の分だ。
「どうもありがとう」
酒を差し出し、返ってきたその美しい声に胸がジーンと震えた。
ついでに股間も熱くなる。男は気合を入れるように酒を飲み干し、もう一杯注文する。
「素敵ね。良い飲みっぷりだわ」
これは脈ありだな。ツイている。男は見えないように拳をグッと握った。
これなら気兼ねなく話しかけてもよさそうだ。
そして、男は話した。差し障りのない話から始まり
冗談を言って笑わせつつ自分の稼ぎや学歴をさり気なく混ぜた。
無論、女の気を惹くために多少盛りはしたが、その甲斐あって好感触。
「そうなの、そんなに長い間、会社の重大なプロジェクトにかかりきりだったなんて大変ね」
そうなんだ。だからこの体は飢えている。
女の柔らかな肌。唇。匂い。矯声に。
男はニヤリと笑い、勝負に出た。
「まあ、今はリモートで働けるからね。
この身は自宅に置いたままだから少しは気楽さ。
それより、どうだい? 良ければこの後、僕の部屋に――」
そう言って女の手を握った男は言葉に詰まった。
冷たい。まるで死人のように……。
「いいわよ、行きましょう」
男はすぐに手を放すべきだったと後悔した。
だが遅い。遅すぎた。女が男の手を握り返し、そして、男の方を向いた。
「な……なん、なんなんだ、ひ、人じゃないのか」
男は椅子から立ち上がり、手を振り解こうとしたが無駄だった。
女の手はガッチリと男の手を掴み、放さない。
逃げることはできない。女の無機質な目が男を見つめている。無感情。
しかし、驚いたように女は言った。
「え……? 何を言っているの? 別に珍しい物じゃないでしょ。
今じゃどこもリモートなんだから」
「ん、え、まさか、これもロボットなのか……?」
男が働く会社ではすべての社員が自宅からロボットを操作し、業務を行っている。
だからこのバーテンダーのように他の業種が
そういった取り組みをしていても驚くべきことではない。
しかし、まさか客の女までも……と男は愕然とした。
そして何より問題なのは、この美女ロボットを操作している女が
まさかこのロボットと同様、美人だとは思えないことだ。
俺が操作するロボットだって自動でミスの修正や便利機能がついているのだ。
この女はむしろ醜い、いや何なら女ですらないかもしれない。
だが、それは結局のところ関係ないか? 相手をするのはこのロボットなのだから。
いや、中身が男であったら、それはもう話が変わってくるような……。
なんならこの女型のロボットだって実はアレがついていたりとか……。
「楽しみだわ。さあ、早く行きましょう」
あれこれ考えていた男は女に引っ張られ店を出た。
どうにも逃げられそうにない。
男は辺りを見回し、何か女の気を逸らすものはないか探した。
しかし、目に付くのはロボットと思わしき者たちばかり。
気づけば店員も通行人も、ほとんどみんなロボットではないか。
一度技術が確立すれば、ちょっとの間に目まぐるしく発展していく世の中だ。
果たして人間は、俺は順応しきれるのだろうか……と男は再び思案した。
女のロボットの手をグッと握ったのは無意識かそれとも覚悟の表れか。
二人の後姿はネオン街の玉のような光の中に消えていった。




