呼び込み
「やや! やややや! あ、これは何とも素敵なお方!
どうぞこちらに来て、よくお顔を見せてくださいな!」
夜道を歩いていた俺は突然そう声をかけられた。
手を揉み、媚びるような男の声。
無視するのも何だなと思った俺は言われたとおりに近づいた。
「まー! 何と綺麗な顔立ち! ひょっとして俳優? いやモデル?
いやー実に眼福ですなぁ」
あからさまなお世辞だが、そうとわかっていても悪い気はしない。
思わず顔がにやけてしまう。
「押忍! そこの御人よ! 今日も一日お疲れ様です押忍!」
と、今度は何とも男らしい野太い声。腹にびりびりくるようだ。
さっぱりとしていて実に気持ちが良い。
「自分! 不器用なんで! そいつのように
耳障りのいい言葉を並べるなんてできません押忍!
しかし、自分の口から出る言葉は本心!
押忍! 貴殿に相応しいのは自分です押忍!」
「な、何を言っているんですか! 私の言葉は本心そのもの!
あちらに耳を傾けてはいけませんよ! さぁさぁこちらにどうぞ、実はあなたに――」
「あら、この前も同じ文句で誘ってたじゃない、古臭いのよね、あなたって。
ねぇねぇお兄さん。私のほうに来てよ」
今度は艶めかしい女の声。近づくとふんわりと良い香りがした。
「押忍! 進言します! その女は子供だろうがカップルだろうが
見境なく誘惑するような事を言う女です! 不純です! 不潔です! 押忍!」
「えー、そんなこと言っても、あなただってこの前は楽しんだじゃない?」
「おおお押忍! 押忍! 押忍! 嘘です!
押忍すすすす! 騙されてはいけません押忍! 押忍! 押忍!」
「ふー、聞くに堪えませんなぁ。さあさあ、あの二人は放っておいてどうです私と一杯」
「いや! 自分と! 押忍! 是非!」
「私とよねぇ?」
「はははっ、誰だっていいよ」
そう言った俺は結局、距離が一番近いというのが理由で女を選んだ。
「やったー! あ・り・が・とっ! おススメはねぇ」
「押忍……」
「そんなぁ。でももう一杯どうです? さささ、こちらに」
「そんなに飲めないよ」
硬貨を入れ、ボタンを押すとガコンと子気味のいい音。
取り出し口に落ちた缶ジュースを掴み、その場から離れた。
そのままそこにいるとセンサーで感知し、いつまでも話しかけてくるのだ。
今じゃどの自販機にもAIが搭載されている。
だからだろうか工夫を凝らし、客を呼び込もうとどのメーカーも競っている。
でも、商品のラインナップはどこも似たようなもの。結局どれでもいい。
だからかどうか知らないが彼らは毎回、全力でアピールしてくる。ご苦労なことだ。
「お? 旦那! かっこいいね! 一杯どう?」
「あら? こっちに入るつもりだったのよね? 満たしてあげるわよ?」
「殿! 何卒、こちらに……」
歩いているとまた声をかけられた。
今度は牛丼屋か。最近、こうした呼び込みを導入する店が増えているが効果的なのだろうか。
まあ、確かにさっきのような掛け合いを見るのは楽しい。
思えば、然程喉が渇いていなかったのについ買ってしまった。
もしかしたらあの争うようなやり取り自体、彼らの、メーカーの思惑通りなのでは。
そういえば最近、ちょっと太ったような……。
「おい! 俺が最初に声をかけたんだぞ!」
「あらぁ、関係ないわよね? 私のほうが美味しいわよ?」
「殿! 後生でござるぅ」
と、推察してみるも目の前で始まった客争奪戦に
俺はまたもつい足を止めてしまうのだった。




