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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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山の伝説

 猟師の男がいた。彼には妻と幼い子、それに病を抱えた父親がいて、村はずれの小さな家で暮らしていた。命を奪う仕事は忌避されがちだが、男は村人から疎まれてはいなかった。村人たちは彼の狩猟の成果を期待していたのだ。農作物と肉を交換する生活が成り立っていた。

 男は一家の稼ぎ頭だった。しかし最近、山の様子がおかしい。獲物がまったく見当たらないのだ。そこで今日は、いつもより奥深くまで山に入ることにした。

 しばらく歩くと、ガサリと茂みが揺れた。

 やっと見つけた、猪だ。こちらに気づかず、ゆっくり歩いている。男は静かに銃を構え、狙いを定めた。しかし、猪はまた茂みの中へと消えてしまった。

 男は静かにあとを追った。猪はまだ彼に気づいていないようだった。ひょいと木を避けながら、真っすぐ一定の速度で山の奥へ進んでいる。

 一向に止まる気配がない。どこまで行く気だろうか。そう思った男が猪の先のほうに目を向けると、木々が開けていた。その向こうには空が見える。おそらく崖だろう。

 いいぞ、勝手に追い込まれてくれるとは好都合だ……いや、待て。撃って弾を当てたものの、驚いて崖の下に落ちてもらっては無駄骨だ。ううむ、どうしようか……。

 男は悩んだが、あとを追う他はない。猪が振り返ることを願い待つが、猪は尻を向けたまま歩き続けている。

 やがて、猪が崖の前に出た。こうなっては仕方がない。踵を返したそのときが好機だ。額を狙い、一撃で仕留める。男がそう思い、銃を強く握った瞬間だった。

 彼は驚いた。なんと、猪は立ち止まることなく歩き続け、そのまま崖の下に落ちてしまったのだ。


「なんてことだ……」


 男は呆然と呟いた。

 まさか猪が自ら崖から落ちるとは。脳の病か、妖にでも取り憑かれていたのだろうか。それなら捕らなくてよかったかもしれないが……。

 男は、そろそろと崖に近づいた。ふと、頭に掠めたことがあった。

 あの猪……落ちる前に崖の下を覗き込んでいたように見えた。何かがあるのか? 最近、獲物を見かけないことと何か関係があるのではないか。もしかしたら、他の動物たちも……。そう考えながら、男は崖の下を覗き込んだ。


 すると……落ちた。


 足を滑らせたわけではない。声を上げず、まるで石ころのように自然と落ちたのだ。周囲に響いた音と、男に与えられた衝撃は比べものにならないが。

 この高さでは助かる見込みはない。男の家族が知ったら悲しむだろう、困るだろう。しかし、今困っているのは彼だった。


「ううむ、困った。恐れていたことがとうとう起きてしまった……」


 男の死体を見下ろしながら呟いたのは、とある宇宙人。彼は宇宙船の不具合でこの崖の下に不時着していた。目立たぬように、驚かせぬようにと隠れていたのだが、思わぬ事態を引き起こしてしまった。

 宇宙船には現地の生き物を調査するための装置があり、それは特殊な電波を放ち、周囲の生き物を誘き寄せるのだが、故障して、勝手に作動したまま止められなくなっていたのだ。

 人間のような複雑な脳の生き物は、近づかなければ影響はないが、結局このように恐れていたことが起きてしまった。

 現地の知的生命体、人間を殺すことは彼の星では重罪だ。昔、少々やりすぎて、同情や権利だのと彼らの星の団体が騒いだのがその理由。だが、今はその話はいい。


 宇宙人は悩んだ末、男の細胞を採取し、クローンを作ることにした。これも法に触れるが致し方ない。

 試みはうまくいった。この谷底の先に、人ひとりが通れるくらいの隙間がある。宇宙人は男に帰るように命じて送り出した。


 村に帰った男を見て、妻と子は大喜びして、彼を抱きしめた。村人たちも集まり、しばらく姿を見せずにどうしたのかと訊ねたが、どうも要領を得ない。よく覚えていないというのだ。

 皆が不思議がっていると、突然妻が「あっ」と大声を上げた。「お義父さんが、あなたを探しに山に入ったのよ……」

 病気の自分はこの家の足手纏いだ。ならば、危険を冒してでも息子を探しに行こう。父親はそう思い、山に入ったのだった。

 さて、その父親はどうなったか。


 頭を抱える宇宙人。またもや人間が落ちてきたのだから、そうなるのも当然だ。

 元猟師の父親は、足跡を辿るのはお手の物。男と同じ道を通り、ここまで来たのだ。

 宇宙人は再びクローンを作り、男と同じように父親を送り出した。

 村人たちは村に帰ってきた父親を見て驚いた。なんとも元気。山に入る前とは人が変わったようだ。宇宙人は病もそっくり同じに作ろうとは思いもしなかったのだ。

 家族と村人たちは何がどうしてそうなったのか訳を訊ねるが、やはり要領を得ない。だが、この二人の話を繋ぎ合わせると、少しだけ話が見えてきた。


 山の神様と出会った。


 それも病を治す神様だ。注意深く見れば、この二人の体にあった古傷も消えているではないか。これはもう疑いようもない。

 その後、噂が噂を呼び、神を求めて山に入りたいという者が大勢、村を訪れた。その結果、村は通行料と貢物で栄えた。


 何年か経ち、山から戻ってくる者がいなくなり、その噂も消えた。宇宙船の修理を終え、飛び去ったか、それとも宇宙人が過労死したのかは誰にもわからない。

 残ったのは「神様がいた」という伝説だけだった。それも、他の多くの伝説と同じように真偽の定かでない話にすぎなかったが。

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