表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

486/705

悪魔に願いを

「はぁー、あーあ、はぁー……あーあ! クソッ! つまんねぇ世の中だ――」


 自宅であるボロアパートの一室。そこで大の字になり寝転び

大きく口を開け、欠伸したのち、ヨウジは体内に溜まった不満という不満を

全て吐き出すようにそう言おうとしたが


「こんにちは」


「な、うおっ! え、ここ、俺の部屋。え? いや、どうやって、は?」


 突然、顔を覗き込むように姿を現した男によって頭に思っていたことは

全て消し飛んだ。飛び起きたヨウジは尻で畳を擦りながら壁際に寄る。

滑稽な様だが男は顔色一つ変えず、そして口を開いた。


「よろしければ貴方の望み、三つまで叶えましょう」


「……おいおいおい、随分とオーソドックスな悪魔じゃないか。

願いを叶える代わりに魂をいただくって訳か?」


「貴方がお望みならばなんでも。

ただし、一度叶えた願いの取り消しはできませんのでご注意を」


 悪魔など信じていない。ただ強がりのつもりでそう言ったのだが

男のあっさりとした返答にヨウジはまたも面食らった。

 しかし、見れば見るほど色気があり、どこか浮世離れした男だ。

そう、まさに、いや、悪魔などいるはずがない。

そう思ったからこそ、俺は悪魔なんて馬鹿げたことを口に出したのだ。

こいつは単なる異常者。そう、いつの間にかこの部屋に侵入した

自分を悪魔だと思い込んでいる頭のおかしな奴だ。

 しかし、だ。だからこそ厄介。

力ずくで追い出してやりたいところだが、何を持っているかわからない。

話を合わせておかないと突然、刃物でブスリということもあるかもしれない。

……願いね。何か適当に、そうだな。

『他の奴のところに行け、二度と姿を見せるな』これが安全策か。


 と、ヨウジは考えたが、すぐに思い直した。

 少々もったいない気もする。退屈はしていたんだ。

……一発ギャグとかで俺を笑わせてみろ。いや、つまらないな。

それに万が一、本物だったらもったいない……なんてな。

 でも、思い返せばやはり突然その場に現れたような……


「じゃあ、そうだな……お、俺の顔を美形に

それも超がつくほどの美形にでもしてくれよ」


「はい、しました」


「いや、はははっ。そんなあっさりと、はぁ、ははは……はぁ!?」


 ヨウジは部屋に置いてあるメタルラックの支柱をちらと見た。

当然、歪んで見えるがこれまで自分の顔じゃないことは確かであった。

 次いで、鏡でしっかりと確認すると、なんとまあ、と息を呑む。

映っていたのは惚れ惚れするぐらいの美形の男。

 しかし、そんなことよりも衝撃的なのは、浮かび上がって来たある事実。


「え、いや、まさかじゃあ、おま、あ、あんたは本当に本物の……?」


「お次は何にしましょうか」


「う、うおおおっ! マジか! じゃ、じゃ、じゃあ叶えてくれる願いの数を

その、百個増やしてとかはまあ無理だよな……?」


「はい、しました」


「そう、え……おいおいおいおいそれアリなのかよ! じゃ、じゃあ千個に」


「しました」


「おおう! フォォオウ! ファァァーウ!

えっと次はじゃあそうだな、身長を伸ばしてもらってそれから……」



 ヨウジは思いつくまま欲のまま願いを叶えてもらい続けた。

 大豪邸に座ると息が漏れるほどの立派な椅子に腰を深く沈め

美女を侍らせ、足置きには生きた、しかし大人しい虎。

目を走らせれば美術品の数々。

床に散らばっている金貨は数える気も目を向ける気もしない。

豪華な照明に反射し目が痛いからだ。

 酒を啜り、匂いに飽きたからと女たちに命じ、ご馳走を窓から捨てさせる。

ふと、税務署に目をつけられたら面倒だと思い

男に自分だけ生涯税金タダという法律を作らせる。

抜け目なし。言わずもがな不老不死。永遠に優雅な時を過ごす……。


 と、それにしてもこの悪魔。表情一つ変えないから

何を考えているのかわからないな。

いつまでも傍にいられると気分が萎えるな……。

 ヨウジはそう考えると、酒が入ったグラスを壁に投げつけ、男に訊ねた。


「ところで今いくつ叶えて貰ったっけ?」


「百十個です」


「はっはぁ! 煩悩の数を越えたわけか。我ながら大したもんだ。

じゃあ、お次は……そうだな。

俺はな……ドラえもんより四次元ポケットが欲しいタイプなんだ」


「はぁ」


「つまり、お前の『願いを叶える力』を俺によこせ!

それでもう二度と俺の前に現れるな!」


「かしこまりました。では」


 男はそう言うと煙か成仏する幽霊のように姿を消した。

拍子抜けするほど随分とすんなりと。


「ふーん。ま、いいや。いやぁ、これからどうするかな! 何でも叶えたい放題だ!

とりあえず夢オチはなし。

へへへっ、これで良しっと、特に意味はない。願掛けみたいなもんだ。

じゃあ、あとはそうだな。どこでもフリーパス! 俺は金払う必要なし!

あ、でも強盗は怖いな。嫉妬で狙われるだろうしな。

よし、悪人は未来永劫この世から存在消去! ついでにブスな女と男も!

はははっ、それから俺へ敵意を持った奴もその瞬間消えてもらうことにして

後は毒のある生き物も消えてもらおうか。

まぁ、不老不死だから死ぬことはないだろうけど一応な。

毛虫とかキモイし。それからそれから……」



 ヨウジの願いは全て叶えられた。

 悪人はいない。不細工な者もいない。

 ゆえに世界の人口は大幅に減り、そしてさらに減少の一途をたどる。

 過疎化は進み、食うに困る者が犯罪に走れば、その瞬間に消えてなくなる。

ヨウジの願い通りに。

試したがあの男が最初に言っていた通り、願いの取り消しはできなかった。

 かと言って容姿の良い人間をポンと出しても

それが犯罪に走ったら、その瞬間に消えてしまう。

だからヨウジは容姿がそこそこで犯罪などをやらない心を持った者を出したが

似たような顔と人格の者ばかり溢れ、つまらない世の中になってしまった。

 それに加え、消したり増やしたりしているうちに様々なものにまで影響が波及し

世界は滅茶苦茶。まるで雨漏りしている家のよう。

あっちを直したらこっちが……といった具合。


「……世界が、小さい、ははは、あのアパートの部屋みたいだ」


 広々とした城の中で一人、嘆くヨウジ。

か細い声はそれでいて美しく、聞いたものを魅了する。

それもヨウジがそう望んだこと。ただ、耳にする者はいない。消えた、みんな消えた。

新しく出してもいいがいつの間にか消えている。

そしてまるでクローンかロボットのようで虚しい。

 だからだろう。消えるのは。ヨウジが不快に思ったものは消えるのだ。

それも彼がそう望んだこと。

 玉座で項垂れている彼はまるで疲れた神様。

 

 自分でそう思うと彼は自嘲気味に笑い

木霊する声にどこか自分でも惚れ惚れとし、そしてまた虚しくなる。

 そしてふと気づいた。

 あれは本当に悪魔か。

 元々自分がいた、あの不完全と思っていた世界は。

争いが絶えず、どうして神は人間を、こんな世界を

お作りになったのかと誰かが嘆くあの世界は。


 考えた末、彼は疲れた。終わりのないパズル。力なく手を垂らし呟く。

 ようやく次の願いを思いついた、と。


「この力を俺から自分に移せと願うようになる奴のもとへ俺を移動させてくれ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ