言いたい
穏やかな午後。穏やかな街並み。
一人の女性が横断歩道を渡る。信号は青だ。
が、しかし!
今まさに信号無視をした一台の車が猛スピードで女性を――
「危ない!」
間一髪。一人の男性が後ろから女性の腕を掴んで引っ張り、回避。
車はそのまま走り去っていった。
「ふー、危ないところでしたね。大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、ありがとうございました!」
「いえいえ、いやー、ご無事で何より」
「は、はい。本当にありがとうございました。それじゃあ――」
「待って!」
「はい?」
「いやー、どこもお怪我はございませんか? まったくあの暴走車め……」
「ええ、おかげさまで大丈夫です。それじゃあこれで――」
「待って!」
「あ、信号が……あー」
「信号など待てばよろしいでしょう」
「え、ええ。まあ、急いでたんですけど……それでなんでしょうか?」
「ふぅー……何か言う事があるんじゃないんですか?」
「え、でもお礼は今言って、あ、お金で――」
「違う!」
「え? え? あ、本当はあなたに引っ張られた腕が痛むって話」
「違う違う! ほぉー、呆れるよまった、とんでもない女だな……」
「え? ちょっと話が見えてこないというか……」
「ほら、見ろよこの足。さっきのでスーツの膝に穴があいてほーら、
血までもう、ああ……。怪我だったら俺のほうがひどいよ!」
「え、でもそれはあなたが何か勝手に……勢い余り過ぎていたというか
無駄に派手にこう、ズザザザー! って」
「無駄とはなんだ無駄とは! 命の恩人だぞこっちはよ!」
「す、すみません……」
「ふぅー、おまけに何だ? こっちの話より信号が変わるのを気にしてたろ?
ほら! 今も今も! 何だ? 大事な約束でもあるのか!
この命の恩人を差し置いて!」
「ええ、まあ……見たい番組が」
「番組かよ! そんなのどうでもいいだろ! 俺を見ろよ!
この勇姿を! 名誉の負傷を! 言うべきことがあるだろ!」
「はぁ……それで結局、何が言いたいんですか?
お金じゃないって、え? まさか体……」
「な、何なんだその目は! うぉい!」
「い、嫌! 放して! だ、誰か! 来て!」
「どうされましたか?」
「ああ? 邪魔をす……お、お巡りさん……ちが、違うんですよぉ」
「まず、その女性の腕を放しなさい。そう、それで? あなたのお名前は?」
「えっと、あ! な、名乗るほどの者じゃありませんので……」




