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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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吾輩は猫なのである

 吾輩は猫なのである。名前はまだない。

と、言うのも彼女に決めてほしくて住み家と名前を捨てたのである。

 

 彼女との出会いはある雨の日の事だ。

『いい加減自分を知りなさい』『もう大人だろ!』

などと説教垂れてきた兄弟たちと喧嘩し

家を飛び出した吾輩だったのだが、余りの情報量の多さと

突然降り出した雨に吾輩は道でうずくまる事しかできなかった。

 家猫としての暮らしに慣れすぎた弊害だろう。ひどく不安になってしまったのだ。

 そんな吾輩に「大丈夫?」と声をかけた者がいた。

 そう、彼女だ。吾輩が見上げると彼女と目が合った。

なんと美しい人だと吾輩は思った。


 さて、そんな彼女の住まいは二階建ての白いアパート、その二階の部屋である。

それなりに年数が経っているようで階段がやたら軋むようだ。

 吾輩はあの雨の日以降、ちょくちょく家を抜け出しては

その階段の下に隠れ、彼女が階段を降りる音を何度も聞いた。

 その時も「にゃあ」と声をかけ

ぜひ吾輩の飼い主になってもらいたいと思っていたのだが

そうも行かない。ライバルがいたのだ。

 それは言わば地域猫。

彼女はその猫と触れ合うことで猫を飼いたいという欲求を満たしていたのだ。

 だから吾輩はその猫と戦った。うむ、熾烈な争いだった。

手と顔を引っ掻かれ、傷痕となったがうむ、名誉の勲章だ。

我が兄弟たちと比べれば奴なんてどうということはない。


 縄張りを奪われ消えた奴の姿を探す彼女に

少しばかり心が痛んだが仕方ない事なのだ。

 そのおかげで彼女の中にある猫に触れたいという欲求は

今日、最骨頂に達したと吾輩はそう判断した!

 二階の彼女の部屋の窓から侵入を試みるのだ。

 実はこれまで何度かやったことがあった。お手の物だ。

 彼女の部屋。洋服タンスの上が吾輩のお気に入りの場所。

柔らかさと匂い、そこに彼女の温もりが加われば完璧、非の打ちどころもないであろう。


 ……と、思っていたがむむむ、窓が閉まっているようだ。

せっかく彼女が出かけた隙に入って驚かせてやろうと思ったのに。

 それならドアの前で彼女の帰りを待つことにしよう。

軋む階段、その上。手前から三番目。そこが彼女の部屋である。

 どれ、練習だ。にゃあと鳴いておこうか。

せっかくの再会。緊張してしわがれた声が出ては台無しだ。


 ……と、何だ何だ。ドアが開いたかと思えばこの男。

彼女の部屋で何を……なんてな。

 吾輩はこの男の正体を知っている。彼女の恋人其の人である。

 吾輩の調査能力も大したものよ。この男が猫嫌いなのも知っている。

彼女があの地域猫と触れ合っている時、この男は離れてそれを見ていた。

きっと彼女が吾輩を飼うのを良しとしないだろう。

 だが関係ない。この男の部屋ではないのだ。遠慮する理由はない。

恋路の邪魔立ては許さないのである。



「ただいまーっと」


 おお、彼女のお帰りだ。さあ、いよいよご対面。物陰から出て挨拶するのだ。

どれ、ん、ん、ん。さあ、鳴くぞ。



「に゛ゃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!」



「え……なに? いまの、あ、あなた、だ、誰? い、嫌! 嫌!」






 ……と、いうのが吾輩が彼女の飼い猫になったきっかけである。

 あの男。突然、どういう訳か吾輩の彼女に襲いかかったのである!

 いやはや、恋人かと思えば違い

彼女の周りをウロチョロしていただけの男だったようだ。

 吾輩は彼女を守らんと飛び上がり、奴の首筋に噛みつき、引っ掻き

エイヤソイヤのポンポコピーのポンポコナーの……うん?


 だから吾輩は猫なのであると最初に言ったであろう。

 我輩を人間だとでも思ったか? まったく、斜に構えるでない。

 確かに、共に育った兄弟たちは、お前は俺たちとは違うというが

吾輩は猫なのであろう。ちゃんと「にゃあ」と鳴けるわけだしな。


 そう、吾輩は猫なのである。

 そして、ついに名前が付けられた。

ヨウちゃんと呼ばれ、今は彼女が買ってくれた止まり木の上で

彼女との甘い生活を楽しんでいるのだ。

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