凄腕
「……あれ? ここは……あ、どこ、どこですか? あの、あなたは……」
「おいおい、はぁ……ふざけているのか?
それに、ここがどこだか大体見た感じでわかるだろう?」
ここはとある警察署の取調室。男の取り調べを担当する刑事は
『やれやれ、まったく……』といった表情で頭を掻いた。
「と、取調室ですか? ではあなたは……いや、そんな馬鹿な……」
「馬鹿な、なんてこっちが言いたいよ。やっと喋ったと思ったら記憶喪失の振りなんて
はぁ、ようやく思いついた作戦がそれか?」
「い、いえ……まさか、そんな、私が捕まるなんて何かの間違いだ」
男は何か思いつめた表情でブツブツ呟く。
それを見た刑事は苛立ちを募らせたが、下手に声を荒げては
後で無理やり供述を取らされたと言われかねない。
何せ相手は殺人事件の最重要容疑者。慎重に進めなければならない。
「で、だ。大人しく認めれば話は早く終わるんだがな。
ああ、記憶喪失と言うのならまた説明してやろうか?
証拠は揃っている。凶器の包丁に指紋がついていたどころか
駆け付けた警官がドアを開けた時にお前はその手に握っていたんだからな」
「包丁……ですか」
「そうだ。お前ら二人、ひったくりの常習犯コンビがアジトにしていたアパートの部屋!
取り分か何を揉めたのかは知らないがお前は相方を刺殺した!
さ、わかったら認めたらどうだ?」
「ひったくり……ですか? 泥棒ではなくて」
「泥棒?」
「ええ、まあ。怪盗と言いますか。凄腕でちょっとカッコいい感じの……」
「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ。ひったくりも盗み。窃盗だよ。
いや、強盗罪に暴行罪。なんにせよ、カッコいいもんか。
そんな態度じゃ反省しているとは言えないな」
「す、すみません……」
「はぁ、認めるか?」
「いえ、できれば一度トイレに……」
「……チッ、行ってこい。付き添いの警官を呼ぶからちょっと待ってろ」
刑事は取調室のドアの前に立ち
警官に付き添われトイレに向かう男の背を見送ると首を鳴らし、ため息をついた。
「タバコでも吸いに行くか……」
「おい、ちょっと」
「ああ、どうも先輩、何です?」
「今、俺がすれ違った男……」
「ああ、ひったくり犯ですよ。多分、というか十中八九、常習者のね。
かなり用意周到でこれまで尻尾を掴めなかったんですが
ははっ、相方を刺し殺し、あのザマですよ」
「そう……か」
「ん、何です?」
「いや、以前アイツを痴漢の容疑で取り調べしたんだが」
「え、あの野郎、痴漢まで……」
「いや、それが頑なに認めなくてな。
しかもおかしなことに最初、自分がスリで捕まったと思い込んでいたんだ」
「スリ? やってたんですか?」
「いや、物が出てきたわけじゃないからな。
ブツブツと呟いて様子が変だったから、痴漢で捕まって動揺しているのだと
その時は深く追求はしなかった。
で、だ。その男が今度はスリで捕まったかと思えば
『自分はひったくりで捕まったのか?』と言い出したんだ」
「んん? それって何なんです? 妄想?」
「と、言うよりは多重人格のような感じだったな。
前会った時とは口調も癖も、顔つきさえも違って見えたからな。
まあ、演技だろうがな。しかしスリの腕は大したものだった。一流だよ。
証拠を残さないのも含めてな。
相当、数を重ねてたに違いないが結局明らかになったのはその一件のみ。
……で、アイツは素直に認めたのか?
それともまた別の容疑で捕まったと言い出しては……」




