開運幸運強運豪運盛運
その青年は夜の街をフラフラと歩いていた。
意気消沈。見てわかる顔だ。
すれ違う人と肩がぶつかり、よろけた青年は体を支えるためにとっさに手を伸ばした。
その手がついた先は白い布が敷かれた机の上。
「いらっしゃい」
しわがれた声、青年が顔を上げた。
どうやら路上で営業している占い師のようだ。
「え、ああ、悪いけど客じゃないんだ。
どうせ運がないことはわかっているよ。だってさっき……」
青年の脳裏に彼女との、いや元彼女との会話が蘇る。
『え、え、他に男?』
『そ、あなたで10人目。何人引っかけられるか友達と勝負してたの。
結果は私の勝ちっ。これからその子の奢りなのっ』
『じゃ、じゃあ僕らは』
『ばいばーい』
歯がゴリッと鳴った。
青年の歯ぎしり。しかし復讐する気力もその意味も感じてはいなかった。
自由奔放、人生の強者の振る舞い。
自分のような財力や見た目、頭脳も優れていない男はただ踏みにじられるのみ。
きっと子孫も残せず、何も残らず。
青年はそう思うと力なく笑うことしかできなかった。
「ふふっ。お兄さん、運はあるよ。
だってアンタは記念すべき100人目の客だからねぇ。
タダでおまじないをかけてやろう。
ふぇふっふ。さっきふと頭に浮かんだ呪文だけどねぇ
ほーれタタチチカタプミププタムプ」
「ははは、どうも……」
手をかざし、妙な動きをする老婆に青年は愛想笑いをし、その場を後にした。
どうせインチキだと全く気にも留めなかったが、しかし翌日の昼。
回転寿司屋の自動ドアをくぐった時の事だった。
「おめでとうございます! オープンして1000人目のお客様です!
どれだけ食べてもお代は無料です! さあ、お席にご案内します!」
「ま、マジか……」
呼び起こされるは昨晩の老婆。
まさか本当に?
いやいや、きっと偶然だ。
いやいやいや、そもそもどちらでもいいじゃないか。真面目に考察する必要はない。
だって、これ以上何か起こるわけでも……。
起きた。
『おめでとうございます! 当デパート10000人目のお客様です! 商品券をどうぞ!」
寿司屋の件から翌日の昼間。再びの幸運。
ショッピングモールに訪れた青年の首に南国の花の首飾りがかけられた。
紙吹雪の舞う中、青年は貰った商品券の使い道より
次にどこへ向かえばいいか思案した。
すごい、すごいぞ。これはもう、運が味方に。完全に流れが来ている。
でもどうして? あの占い師? いや、運がいい理由は運がいいからだ。
幸運に理由なんてない。
でも、そうだな。もう少し合理的な理由を考えるなら……そうだ。
恐らく今、僕はとんでもないほど直感が鋭く冴え渡っているんだ。
昨日の回転寿司屋といいデパートといい
幸運の匂いを無意識に嗅ぎ取っているんだ。
だからあれこれ考えるよりも直感。
そう、次に向かうべきは目を閉じて頭に浮かんだ場所……。
と、デパートから出た青年は目をつぶりながら歩いた。
だが、そのせいで暴走し、歩道に乗り出したトラックに気づくのに遅れた。
それはほんの一瞬の出来事ではあったが、まさに致命的であった。
トラックに轢かれた青年は通行人から連絡を受けた救急車に運び込まれ、病院へ搬送された。
「う、う、う……」
「おっとこれはひどい。でも大丈夫。すぐに……っと院長先生、どうされました?」
「彼だよ」
「え、それってまさか」
「そう、彼が当病院、100000人目の患者だ!」
「お、おおおおお! 君、おめでとう!」
「くす玉はどこにやった!? 用意していただろ。早く持ってくるんだ!」
「い、いや、いいから、ち、治療を……」
気を失った青年が意識を取り戻した時
青年はまだ自分が夢の中にいると錯覚した。
その理由は目の前にいる大男。
その見た目は青年がイメージしたままの、まるで……
「ワシは閻魔大王だ」
「え、え、う、嘘ですよね? ぼ、ぼく死ん、え? 地獄? なんで僕が?」
「人間は大抵、地獄行きだろう。今までどれだけ他の生き物を殺してきたというんだ。
っともうこの話は飽きた。ここに来る者はみんなそう言うからな。
『え? なんで?』『どうして自分が?』『嘘だありえない』
まったく、と、それよりお前、喜べ」
「え? まさか……」
「お前が1000000人目の地獄行きの人間だ!」
「……い、いやいやいやいや! そんなはずないでしょう!
人間は大抵、地獄行きって今、言ったじゃないですか!
これまで死んだ人がその数に収まるはずがない!」
「ああ、その通り。これまで死んだ人間の数は膨大だろうが
この地獄ができてからはお前が1000000人目だ」
「ん? どういうこと……?」
「ここができる前は人間は死んだら何もなし。魂なんてものもない。
しかし、それがなぜか最近、この地獄そのものができてな。
ワシにもわからんがまあ、そんなことはもういいだろう。
さあ、お前には特別に地獄を余すことなく体感してもらおう。
お前は運がいいなぁ。無になるよりずっといいだろう」




