産みの苦しみ
とあるファミリーレストラン。
明美は久々に高校時代の同級生とそこでランチを楽しんでいた。
「でさー、って聞いてる? 明美ってば」
「え? ええ、うん」
「いや、聞いてない反応! ね、どうしたの?
さっきから下向いて微笑んだり顔を顰めたり」
「うーん、別に……それより、店変えない?」
「え、でもまだ食べ始めたばかりだよ」
「そうなんだけど……ほら、このファミレス。喫煙席があるでしょ?」
「え、まあ。でもここから大分離れているよ? それに仕切られてるし大丈夫――」
「臭いのよ!」
明美の声で一瞬、店内が静まり返った。
明美自身、それに気づいたようで慌てて笑顔を作り言う。
「ごめんね、でも、つい気になっちゃうって言うか……最近、色々な匂いがね」
「え、それって……まさか下向いてたのもおなかを」
「ふふふっ。実はそうなの」
「えー! まさか、相手はあの?」
「そ、私たちの学年の憧れの先輩」
「憧れ……うん、でもすごい! まだ続いてたんだ!
高校卒業しちゃうと大体別れちゃうよねー」
「うん、でも私はほら、同じ大学に進んだから」
「あー! そうだったそうだった! それで、どうなの?
今何ヶ月? 服のせいかな? 全然気づかなかったよ」
「うーん、五ヶ月くらいかな? どんどん大きくなっちゃってね。
私が触ると動く感じがして、ふふっなんだかすごく温かな気持ちになるの」
「へー! いいなぁ。あ! でも大学は? 卒業まだじゃない?」
「うん、でももう単位は大丈夫だし、普通に通えるから」
「へー、でも気をつけなきゃダメだよ?
もう、貴女だけの体じゃないんだからって一度言ってみたかったやつー!」
「ふふふっ、大騒ぎね」
「へへへっ、ごめんごめん。それで……彼は元気? 一緒に暮らしてるんでしょ?」
「ううん、同棲はしてたんだけど、ちょっと匂いが気になって他に行ってもらったの」
「ふーん、大変なんだ妊婦さんて。私もいずれわかるかな」
「わかるよきっと。美保ってかわいいもの」
「へへへっ、さんきゅ。それで、彼はその、大丈夫?」
「うん?」
「いや、ほらちゃんと色々、手伝ってるのかなって! 明美は大事な友達だからさ
浮気なんてしてたら――」
「もうしないよ」
「そう……だよね。うん、まあ高校時代からそういう噂もね、あったからさ……。
えっと、それで……私も触っていいかな!?」
「うん、勿論よ。でも優しくね」
「とーぜん、とーぜん。じゃあ、ちょっとずれて。
そっちの席行くから……おっほぉ、確かに膨らんでるね」
「どう? あ、ほら、今おなか蹴らなかった?」
「うーん? どうかな。それにまだそんなに大きくは……って大丈夫? 顔色が」
「うん……美保、ちょっと言い辛いんだけど」
「うん? 何?」
「匂いが……」
「え、嘘! 香水のせいかな、ごめんね!」
「ああ、いいの、ほら、また触って。この子も喜んでいるみたい」
「……あー、うん。もう、大丈夫かな。ほら、その、あんまり触ると悪いし……」
美保は気づいてしまった。おなかのふくらみの違和感に。
明美の隣の席に座った時、化粧で隠してはいるが顔にできた吹き出物の多さに。
そして臭い臭いとしきりに呟く明美自身が放つ臭いに。
それはまるで膿んだような臭いであった。




