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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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蛙声            :約1500文字 :ホラー

 ――グワッ! グッ! グ! グワッ! グッグッ! グワッグッグッ!


「失敗した……」


 男は夜、窓の外に広がる田んぼを眺めながら呟いた。

 この家を買ったとき、隣が田んぼであることは気にも留めなかった。むしろ四季を感じられて風情があるとさえ思った。しかし夜、まさかこれほどまでにうるさいとは。


 男を悩ませているその騒音の正体は、アマガエルの鳴き声。一匹なら風情かもしれないが、数百匹いるだろう。決して誇張ではない。広い田んぼだし、窓を閉めても響いてくるこの大合唱がその証拠だ。苦痛でしかない。

 もちろん、年中こうではないだろう。しかし、いったいいつまで続くのか……。男は頭を抱えた。対策を打とうにも、まさか毒を撒くわけにもいかない。訴えられるのがオチだ。

 役立たずの耳栓を壁に投げつけ、男は頭を掻き毟った。転がった耳栓が足に触れ、男はビクリと身を強張らせた。


「虫かと思った……。クソが、蛙に食わせてやろうか……ん? 食わせる……」


 天敵――その言葉が頭に浮かんだ。そうだ。蛙を捕食する生き物を放てばいい。作物にも影響はないはずだ。

 それから男は毎日、蛙を食べそうな生き物を大量に捕まえ、またネットで取り寄せては田んぼへ投げ込んだ。

 蛇、ムカデ、ネズミ、猫。アマガエルを捕食しそうな生き物ならなんでも。それだけではない。逃げ出さないように足を折り、鳥に至っては飛べないようにナイフで翼を切りつけてから放った。

 罪悪感を抱いたのは最初だけ。慣れると、その行為自体が楽しみとなった。狂気の笑みを浮かべていることに自覚はなかった。


 そして、今夜――。


「ああ……いい」


 その甲斐あって、田んぼは静寂に包まれていた。

 男は窓を開け、目を閉じて夜の空気を吸い込んだ。我ながら単純な思いつきだったが、うまくいった。蛙がよほどうまかったと見える。これで、今夜から安心して眠れる。

 男はそう思った。だが――。


 おかしい。静かすぎる。一匹も鳴かないのはどういうことだ。まさか、全部食われたわけではないだろう。天敵を恐れて身を潜めているのか、逃げ出したのだろうか……。


 男が目を開け、息を吐いた。そのときだった。


 奇声――それは耳を劈くほどの音量だった。いや、ただの音ではない。これまで聴いたことのない不快な音。脳髄に直接響くような異音。目や耳、鼻、口といった全身の穴という穴に髪の毛を入れられ、動かされるような感覚。なぞり舐め、額の奥がかゆい。

 男は無意識に額を掻きながら、窓から田んぼを覗いた。


 暗い。

 暗い。

 暗い。


 月に照らされ、水が淑やかに煌めいているが、よくは見えない。ライトを持ってくるか……。

 そう考えたが、必要なかった。見つけた。

 いや、見つけられた。


 月明かりを遮る黒い影。それは、藻のように見えた。

 しかし、揺れている。いや、蠢いている。不規則に不気味に脈打っている。まるで、平たく引き伸ばされたいくつもの心臓を繋ぎ合わせたような生々しさ。


 蟲毒――。


 ふと、その言葉が男の頭をよぎった。

 生臭い風が肌を撫で、嫌な汗が噴き出す。男は勢いよく窓を閉め、鍵をかけた。そして大きく息を吐き、もう二度と開けないと固く誓う。


 だが、また奇声がした。


 暗い。

 暗い。

 暗い。


 今度は家の排水口の中から。


 自分はすでに器の中にいる。

 そう気づいたときにはもう遅かった。

 悲鳴は喉の奥、肉に埋もれ、行き場を失い――。


 喰らい。

 喰らい。

 喰らい。

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