子供神輿
夏。不安視していた今朝未明から降り続けていた雨は八時前に上がり
堂々とした陽射しによって路面がキラキラと輝いていた。
それをしばらく眺めた後、尿意を催したため
畳を擦り、部屋を出て階段を降り、トイレに向かう。
用を足している間も「ああ、今に来るのではないか」とどこか落ち着かない気分。
しかし、尿もれは不愉快極まる。これから行われるのは紛れもなく神事なのだ。
しっかりと出し切り、急ぎ足で窓の近くに戻ると、ちょうど聴こえ始めた。
遠くからドン! ドン! ドン!と一定の間隔で打ち鳴らされる太鼓の音。
そして子供の声。
「わっしょい! わっしょい!」
窓を大きく開け顔を出すと、神輿の屋根についた鳳凰の金飾りが陽射しに反射し、思わず瞼を閉じた。
打ち鳴らされる太鼓の音で肌が、この古い家がビリビリと震える。
まるで体の内から鳴っているような大きな音。いや、本当に鳴っているのかもしれない。
心臓が呼応するかのように力強く動いているのを感じる。
「わっしょい! わっしょい!」
ああ、いけない。こうして瞼を閉じて音に浸るのも良いが見れるうちに見ておかないと。
すぐに通り過ぎてしまうのだから。
瞼を開けると、神輿はもうこの家の真ん前にまで来ていた。
窓の下の道路を覗き込む。
四箇所の担ぎ棒にそれぞれ子供が一、二……三人ずつ。
いや、二人のところもある。
計……十一人の子供が笑顔と声を振りまいている。
白い鉢巻、水色の法被。昔のままだ。
あの神輿も何度か修理、部品の取り換えはしたが昔と同じもののはずだ。
歩道にはすでに近所の住民が出ており、遠巻きに神輿を見つめている。
自然と私も彼らと同じように両手を合わせた。
……少子化。それはもうこの夏の暑さ同様、どうにもならないところまで来たらしい。
何でもクローン人間を作ることが否かどうかお偉いさんたちは議論しているそうだ。
ま、それが決まる頃には他の小さな町と同様に
この町もさらに過疎化、消滅しているかもしれないが。
「わっしょい! わっしょい!」
ああ、笑顔だなぁ……。生きているうちにあと何回拝めるだろうか……。
もう階段の昇り降りも辛くなってきた。さっき急いだからまだ膝が痛んでいる。
だが、待った甲斐があったというものだ。
「わっしょい! わっしょい!」
子供たちの声と太鼓の音が私の心を震えさせる。
雨雲の名残か竜のような一筋の白雲とお天道様に見守られ
遠ざかる神輿と神々しい子供たち。
この先もこの光景が受け継がれていくようにまた、私は両手を合わせ祈った。




