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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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塔を立てた男

 平穏な日々。窓を開け、耳を澄ませば川のせせらぎ。

時々、風が潮の香りを運んでくることも。

椅子に座り、陽だまりで読書。傍らには紅茶。

これが主婦の喜び。


 ……が、突然の轟音! しかもそれは一回きりのものではない。

 これはただ事じゃないと家を出てみると、他の家の住人もドアや窓から顔を出している。

どれもこれも何が何やらといった表情。

 何の音? どこから? 犯人は誰? 

 考えずともすぐにわかった。近所の迷惑爺だ。

 鼻つまみ者。

 変わり者。

 ゴミ屋敷の長。


 今度は一体何をやらかしたのかと鼻息荒くする主婦を中心に

近隣住民はその家に向かった。

すると、工事か何かだろうか、車が何台も停まっている。

 塀から顔を出し、覗いてみると

悪臭漂うゴミだらけの庭に何やら作業員の姿がちらほら。

 ひょっとして、とうとう片付ける気になったんじゃ?

引っ越しだ、老人ホームだ、と一同の顔に笑みが浮かぶ。

 だが、それもすぐに消えた。

 運び込まれる鉄骨。

 家の増築。それか倉でも立てるのだろう。無駄にデカい土地を持ちやがって。

と、がっかりはしたがゴミをそこに入れてくれるのならまだマシかもしれない。

一同は歩きながら愚痴を言い合い、慰め合った。


 数日が経ち、近隣住民一同は再び、迷惑爺の家の前に集結した。

いやはや、たった数日で見事。

日本の建築技術は大したものだ……などと軽口叩ける空気じゃない。

 

 聳え立つ塔。


 見上げたままでは首を痛めそうだ。

まさか自宅の庭にこんな物を立てる奴がいるなんて。

あらためて非常識さに呆れ、さすがにこのままにしてはおけないと

抗議のためにインターホンを押した。


「なんだ? 今、忙しいんだ」


「あの、近隣に住んでいる者なんですけど!

あんな塔を立ててどういうつもりですか!」


「俺の庭で何しようと俺の勝手だろうが!」


「そういうわけにはいかないでしょう! 何かあって倒れたらどうするつもり!?

それに監視されているみたいで気分が悪いわ!」


「あーん? 覗かれて後ろめたい事でもあるのかよ。

旦那だって夜、もう相手してくれねえだろ」


 その言葉にとうとう切れた主婦はインターホンに向かって怒鳴り散らした。

隣人の旦那がまあまあと宥めつつ、インターホンの前に立つ。


「あのですね、建築基準法というものを満たしているのでしょうか?

それに我々には日照権というものがありまして――」


「うるさいアホ面! 帰れ!」


 そこでガチャリとインターホンは切れた。

当然このままでは引き下がれないと警察、市役所に相談したが

確かに自分の土地の物。

それにもう建ててしまった後とあってはそう易々と壊せと命じられない。

 近隣住民は迷惑爺の家に何度も抗議に訪れたが

水掛け論どころか実際にバケツの水をかけてくる始末。

 完全に気が狂っている。

四度目の抗議でようやく聞き出せた建築の理由は『お告げがあったから』の一点。

「神様は隣人に優しくとは言わなかったのかねぇ!」と皆、怒り心頭だった。

 その熱が一気に冷えたのはある日の事。

 未曾有の大雨。川の氾濫を警戒し、避難勧告が出された。

 膝上まで浸水した町。避難所に向かう人々の頭の中に浮かんだのは共通の思い。


 あの塔。お告げ。まさか本当に……。

 

 神話のように神が起こした大洪水。

だとすれば避難所に逃げたとしても無事では済まないかもしれない。

そう考えた人々は踵を返し、あの家に向かった。


「あ、あの……」


 インターホンを押しても反応はない。もう塔の最上階にいるのだろうか。

門は水圧で開きそうにない。

 塀を乗り越えようと、最初の日のように顔を出した時だった。


 轟音。それは庭の方から。


「はっーはっはっは! さらばだマヌケども!

ヒャアアホオオオオオウ! おまえらは野垂れ死にぃ! はーっはっはっは!」


 小型のロケット。それに取り付けられたスピーカーからそう聞こえた。

そしてロケットは轟音響かせ、曇天の空に昇った。


「あれは、発射台だったのか……」


 集まった人々は呆気にとられ、ロケットから出た煙が

雨で掻き消えていくのを見つめることしかできなかった。

 果たして本当に神からお告げがあり、この町、あるいは地球の終わりなのか。

それとも狂人の思い込みなのか。

問うように空を見上げても、変わらず雨が降っているだけだったが

雷だろうか、爆発音のような轟音の後、少しだけ、雨の勢いが弱まった気がした。

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