恩を売る
昼間のとあるカフェ。席を立とうとした女は突然、声をかけられた。
「あの……」
「はい?」
「あの時の……方ですよね?」
「あっ、はい。えっと」
「あ、ほら、このカフェの近くで具合が悪くなった僕を助けてくれた……」
「あ、ああっと……」
「その後、気分が良くなるまでずっとそばに……それに自販機で水も」
「ええっとはい。うん」
「あれ? 違いましたか……?」
「う、ううん、違わない! その、びっくりして……」
「ああ! そうですよね、すみませんこんな急に話しかけて」
「いえいえ! ほら、オープンテラスですもの。大歓迎よ! さ、座って座って」
「ありがとうございます! 僕、あの時すごく感動して
こんなに優しくて……天使みたいな人いるんだなぁって」
「そんな……当然のことしただけよ」
「それで、この近くでまた会えるかなって思って来てみたら
ええ、まさかこうしてお会いできたのでもう、嬉しくって。
あ、よく来られるんですか? 僕はあの日、初めて来たんですけど」
「たまに、かなぁ」
「もし、良かったらなんですけど今度、カフェでもって」
「ふふふ、ここがそうよね」
「ははは、本当だ!」
「ふふふっ」
「はははっ」
偶然の再会。まさに運命的な出会い。
男の顔にそう書いてあると確信し、女は微笑んだ。
この出会いまで長かった……。そう溜息をもらすのを我慢して。
「あ、そういえばさっき、席を立とうとしてませんでした? 予定でも」
「え、あ、ううん、いいのよ。もういいの」
「そうですか、と、あれ? あの人、大丈夫かな?」
「え?」
「ほら、あそこの人……急に蹲って具合が悪そうだ。まるで……」
「ああ、きっと低血圧なのよ。ふふっ、さ、他のお店に行きましょう」
女は男と腕を組み、カフェを出た。
ああ、数ヶ月かけ、ようやく……。やっぱり運命は自分で掴み取るものよね。
女は片方の手で鞄にそっと触れた。
その内側では毒入りのカプセルが入った小瓶が祝福するかのように揺れ、音を立てていた。




