定期連絡
友達といるときに電話がかかってくると、ちょっとした優越感みたいのがあるよな。
俺は友達が多い、こんなに忙しいんだっていう風にな。
西岡の奴にはしょっちゅう電話がかかってきた。
アイツはいつも足早に場を離れ、電話に出るんだが、それにしても多い。
それに、すぐ戻ってくる上に浮かない顔をしているから
俺たち仲間内でいろんな説が出たんだ。
かの国の工作員、つまりスパイ。
ヤバイ宗教に入っていてその定時連絡。
単純に借金取りに催促されている。
ま、本気でそうと思っちゃいない。
ただの笑い話なんだが、面と向かって聞いてみても
西岡は笑ってはぐらかすだけ。何も答えやしない。
だからアイツにガンガン酒を飲ませて酔わせて吐かせてやることにしたんだ。
面白半分。もう半分は心配。
だって友達だからな。
本当にヤバイ目に遭っているなら力になってやりたいし、もしくは遠ざけたい。
嗚呼、自己保身。でも大事なことだ。
でも結局アイツは吐かなかった。
いや、吐いた。盛大にな。商店街の花壇にオロロロロロと。
その隙にこっそり携帯電話をポケットから抜き取って
履歴を見たり、こっちからかけてやろうかと思ったけど
ロックが掛かっていて駄目だった。
腹いせに電源を切ってやったが、ま、あのザマだ。
笑えたからそれでもう許してやることにした。
俺は仕方ないから自販機で水でも買ってきてやるかとそばを離れた。
その時だった。電話が鳴った。
携帯電話じゃない。公衆電話だ。
俺も酔ってたし、何の気なしに受話器を手に取った。
「もしもーし! こちらおたくのスパイ組織のエージェントでーす!
コードネームはホワイトオチンチンでーす!」
『……私よ。ねえ、今、女といるの?』
「おーんーなー?」
寝静まった商店街に笑い声が響いて、俺はあいつらの方にパッと顔を向けた。
どうやら西岡の奴が花をむしって食い始めたらしい。
酔いすぎだ馬鹿め、と俺も笑った。
『……ねえ、聞いているの? 女、いるの? ねえ』
早く向こうに混ざりたかった俺は急に面倒臭くなった。
大体、声からしてわかる。電話の女はブスだ。
ブスは無視。はい、ブロック。さよなら。
でもお優しい俺は電話を切る前にちょっと相手してやることにした。
「ああ、女いるよ! いーる! たーくさんいるー! もうヤリまくりで筋肉痛だよ!」
『……やぅぱりぃううう許さない許さなぁい許さない許さないゆる――』
女の声がフェードアウトしていった。俺が受話器を手放したからだ。
切ったわけじゃない。ただ手放した。
潔癖症でもないのに掴んでいた電車のつり革が
なんか急に汚く思って放すように受話器が物凄く汚く感じたんだ。
女の声のせいだ。
湿度の高い夏の夜、デブがかいた汗みたいな粘っこくて気持ち悪い感じ。
吐き気が込み上げてきて俺は電話ボックスから飛び出した。
嗚咽。でも俺のじゃない。西岡だ。
俺が西岡の方に目を向けるとアイツは水槽から出された金魚のように
地面でのたうっていた。
友達連中はとりあえず仰向けは不味い、ゲロで窒息しちまうって思ったんだろう
西岡をグイッと下を向かせ、ついでに背中を叩いていた。
だから、あいつらには見えなかったんだろう。
西岡の口から長い髪の毛がウネウネと動いているのを。
結局、西岡は喉を詰まらせて死んじまった。
俺たちは無理矢理酒を飲ませたとしてアイツの両親から訴えられ
今も係争中だ。
でもそれよりも問題なのは……。
「……ああ、俺だよ。大丈夫、俺一人だ。女なんていないよ。いない、いない……」




