ブレーメンは何処に
月が雲に隠れた夜。今が好機と見た家畜たちは、その牧場を飛び出した。
脱走劇だ。理由は劣悪な環境。粗悪な餌。いけ好かない牧場主。
そして自分たちの可能性。
ここで終わる自分たちじゃない。都会へ行き、一旗あげるのだ。
豚は意気揚々と先陣を切り、そのうしろに牛と羊とガチョウが続く。
と、最初こそ勢いがあったものの次第にその足取りは重くなっていった。
運動不足による単純な疲れ。そして不安が込み上げてきたのである。
森の中、擦れ合う葉、折れた枝が落ちる音。木から飛び立つ者の羽音。
その全てにいちいち体をビクッと震わせた。
何より、ご飯はどうするのか。牧場にいれば決まった時間に出てくる。
でもこれからは? 水すら飲めないかもしれない。
しかし、誰も何も言わない。
それが今、自分たちが同じ考えであるという証拠だった。
やっぱり帰ろうか。
誰かがそう言いだすのをどこかで期待しながら、全員黙ったまま歩き続けた。
「もう疲れたよ……」
とうとう羊がそう言った。
何を情けないことを、と豚は空元気で跳ね返そうとしたが
気温が下がり、さらに空腹状態ではブーと一鳴きするのが精一杯だった。
暗い森と同化するような暗い雰囲気の中、そこに一筋の光が見えた。
それは森の中、佇むようにある一軒家の明かりだった。
「しめた! 何か食べ物があるかも!」
そう言うと同時に豚は駆け出した。
他もあとに続き、家に近づいた家畜たちは窓からそっと中を覗いた。
中にはきっと人間がいるだろう。どうにか追い出すことはできないだろうか?
そのためにはまず状況確認。一同はぐぐぐっと体を伸ばした。
「どうだ? 見えるか?」
ガチョウが豚に訊ねた。
「窓が高すぎて見えないよ。それに低い位置はなんだか汚れている」
「どれ、私の上に乗るといい。それでも足りなければ豚、羊、ガチョウと順に重なろう」
牛の案を採用。積み重なり、てっぺんのガチョウが中を覗き込んだ。
「どうだ?」
「誰かいるみたい」
「人間かい? 誰なんだい?」
「待って、あれは……ば、化け物!? ひ、ひいいいいいいい!」
ガチョウの悲鳴を皮切りに家畜たちは一斉に大声で鳴いた。
どちゃどちゃと崩れ落ちる一同。腰が抜けたのは落ちたせいか恐怖のせいか。
いずれにせよ待ってはくれない。ドアが勢いよく開いた。
「あ、あれ?」
家畜たちはその姿を見て驚いた。
中から出てきたのは犬と猫とロバだった。
「大きな声がしたからびっくりしたよ!
君たちは一体どうしてそんなところにいるんだい?」
そう訊ねられた家畜たちはこれまでの経緯を包み隠さず話した。
すると犬と猫とロバは驚き、そして笑った。
「僕らも夢見て旅に出たんだ。それでこの家にたどり着いた。
ごちそうがたくさんあってね。音楽を奏でてそれはそれは楽しい日々だったよ」
「へぇー! うらやましいなぁ!
あ、あの……よかったら僕らも仲間に入れてくれないかい?」
「もちろんさ! ちょうど、ご飯にしようと思っていたんだ」
家畜たちは招かれるままその家に入った。
やっぱり肉と言えば家畜だな。
そう考え、舌なめずりする彼らの視線に気づかぬまま。




