裏目
夜中、物音がして男はベッドからゆっくり起き上がった。
眠っていたわけじゃないから一応、頭はハッキリしている。
故に風の音でも気のせいでもないことはわかっていた。
しかし、まさかドアを開けて見知らぬ男が入ってくるとは思わなかった。
その見知らぬ男はベッドに腰かけていた男に飛び掛かり
そばにあった電気スタンドのコードであっという間に縛り上げた。
思わず鮮やかと心の中で称えるほど手際がいい。
相当に慣れた泥棒のようだ。男は思ったそのまま見知らぬ男を褒めた。
「あんた泥棒か? 実に手際がいい。見事だよ」
「……ふん、まあな。部屋が真っ暗だから眠っているかと思ったがまあいい。
大人しくしてくれれば危害は加えない。万が一捕まった時、罪が重くなるからな」
「冷静だな。まあ、言われたとおりにするよ」
「それでいい。では大きな声は出すなよ。ほかの部屋を物色してくる」
泥棒はそう言うと部屋から出て行った。
そして数十分後、また戻ってきた。
「よしよし、実はちょくちょくこっそり様子を見に戻ったりしていたが
言われた通り大人しくしているようだな」
「まあ、こうなっては足掻いても仕方ないと思ってね」
「良い心掛けだ。しかし金目の物が全然ないな。
立派な家だと思い、入ったのだが……。
現金はともかくとして、まさかクレジットカードや腕時計などを
まったく持たないということはないだろう?」
「勿論だ。そこの机の下を見てくれ」
「……ほう、これはこれはどういうわけだ? バッグに金目の物が詰めてあるじゃないか。
金にカード類に札束に銀食器まであるぞ。
まさかお前、実はこの家の主じゃなくて泥棒か?」
「……いいや、地震など非常時にすぐ持ち出せるように、まとめておいただけさ」
「なるほど、だが泥棒が入るという非常事態には裏目に出たというわけだ。
遠慮なく貰っていくぞ」
泥棒が上機嫌で出ていくと、男は時間をかけ、拘束をほどき電話を手に取った。
「……確かにどういう目が出るかわからないものだな」
男はクローゼットのドアを開け、そう呟いた。
やってしまった。どこに逃げようか、いやどうせ無理だ、とグズグズ悩んでいたら
まさか泥棒が現れるとは。
貴重品をまとめておいたおかげでここを探されずに済んだ。
俺は運がいい。捨てようと思っていた凶器の包丁も
今頃バッグの中で小躍りしていることだろう。
男は妻の死体を見下ろし、警察に電話をかけた。




