職人気質
「すごーい! 真西くん、上手ー!」
私はビクッと体を揺らした。
次にあの女の口から出て来る言葉が予想できていたからだ。
「……でも、モデルがあれじゃあねぇ」
クスクス笑う女子たちの声。私は唇を噛むことしかできなかった。
高校生にもなって粘土でペアになった相手の顔を作る?
はっ、下らなすぎ。最低。ホント最低な授業。
嫌い。全部嫌い。私をバカにする女子も
滅茶苦茶手先が器用な真西くんも
その真西くんとペアになりたがる大勢の女子の中から
自分が選ばれちゃうクジ運の無さも
そしてなにより、この顔が嫌い……。
「真西くん」
授業終わりの廊下。私が名前を呼ぶと彼はくるりと振り返った。
思わず見とれちゃう綺麗な顔。
そりゃ、この人に自分の顔を見つめられて
その上、作ってもらえるんだから憎まれ口も叩きたくなるよね。
「あー、ごめんね。ほら、私みたいなブスがペアで……。
作るのは前面だけとはいえ顔も大きいしさ。
あ! あれよ。ほら、豚みたく面白マスクみたいなの
作ってくれてもいいからね、そしたらさぁ、ぶうって鳴いてみたりして
みんなに結構ウケるんじゃない? あは、あはははは……」
ああ、なんて痛々しいんだろう。
カッターの刃がいっぱいの洗面器に顔を突っ込んでいる気分。
こんなこと言いたくて呼び止めたわけじゃないのに。
ただ、ブスが相手でごめんっていうのとありがとうって言いたかったのに。
だって彼はあんな授業でも真剣なんだ。
ちょっと覗き見したらすごくリアルにできてたんだもの。
まあ、リアルすぎて凹んだけどね。
「……好きだから別にいいよ」
え、嘘。
本当に? え?
私、え?
「美術」
彼はそう付け加えた。
ありがちな勘違い。ああ、もしかして顔に出ていたかもしれない。
なんて恥ずかしい奴なんだ。
「……うんうん、そうよねー!
でも、もうちょっと美人にしてくれてもいいよなんて言ってみたりして」
「……まあ、いいけど」
なんとなしに言ったこと。でも真西くんは覚えていたようで
次の美術の授業で彼は粘土の私の顔をヘラでせっせと削っていた。
「ぷっ、真西くん、それ、ふふ、ちょっと痩せさせすぎじゃない?」
またクラスの女子たちが意地悪く笑う。でも私は特に気にしなかった。
彼が気にせず、相手にもしないから。
と、言うか聞こえてないのかも。
一生懸命。別に芸術家を目指しているわけではないはずだけど
凝り性なのかな?
「え……嘘」
「何で」
「え?」
「どう、え?」
ん? なんだろう。なんか変な会話だな。
「おい! あれ見ろよ!」
「嘘、あれ、トントンだよな」
「いやいや、なんで?」
「だって今朝まで、いや、さっきまで」
男子まで……なんで私を見て……え?
なんか、顔が軽い。いや、体が。え? 嘘、え?
美術室の備品の手鏡を覗き込むとそこに映っていたのは……
すごい美人……というほどでもないけどすごく痩せている。
夢……じゃないよね。
だって今朝食べた菓子パンの味もしっかり覚えている。
じゃあ、何故……って原因は決まっている。
まさか……真西くん、うお。
うううと唸り声をあげながら一心不乱に創作活動に打ち込んでいる。
頭を掻き、汗を垂らし、私の顔を美しく仕上げようとしている。
まさしく職人。いや、やっていることは美容外科医だけど。
ああほら、瞼が二重になった! 彼が今、瞼に線を入れたからだ。
間違いない。ゾーンとでも言うのだろうか
彼の驚異的な集中力が引き起こした超常現象?
それとも実は魔法の粘土で……。
ううん、理由なんて何でもいいじゃない。綺麗になれるのなら。
頑張れ真西くん、あ! そうだ。今、彼が作っている顔はきっと彼の理想の女性。
彼が完成だ、と呟き、その顔を上げた瞬間
私はニッコリ微笑んでお疲れって可愛く言ってあげる。
唖然とする彼を見てクスクス笑って
そして、そのまま告白して二人は……
「ちがうなぁ、ちがううぅ……ちっがあああああぁぁぁう!」
彼がそう言い、頭上に掲げた拳を振り下ろした瞬間
全てがスローモーションに見えた。
ああ、粘土がひしゃげていく。
私の顔。顔。顔。
どうなっているか見なくてもわかる。
あはははは……。
職人というやつはまったくもう……・。
……でも。
それでも真剣になってくれてありがとう……。
……ひへ、ぶぅ!




