フォトタクシス
「……お集まりのみなさん。いいですか?」
ざわざわとする室内。
注目が集まってくるのを探偵はその肌で感じていた。
「んんう! んっ! 失礼……犯人は! この中にいるうぅ!」
咳払いの後、大声での決め台詞。
決まったとばかりに鼻の穴を膨らませる探偵。
その足元には死体が横たわっている。
ざわめきはさらに増し、探偵は唾を飲み込み、ブルッと震えた。
そう、彼は注目されると興奮する性質なのだ。
「そ、それで探偵さん。犯人は一体……やはり、吸血鬼の奴ですか?」
狼男はそう言うと吸血鬼を睨んだ。
吸血鬼は勢いよく首を横に振った。
「確かにぃ! この死体の首筋には蚊に刺されたような、二つの赤い丸がありました。
間違いなく、吸血鬼さんの噛み跡でしょう。
しかし、これは死後つけられたもの。ですよね? 吸血鬼さん」
「は、はい……まだ新鮮だったので、我慢できなくて、つい……。
でも! 血は一滴も飲んでません! 本当です……」
吸血鬼は伏し目がちにそう答えた。
「ええ、そうでしょうとも。この噛み跡から牙が深く入っていないということがわかります。
ですがいいですか! それは、えー、死体損壊罪と言って罪になるのですよ!
じっくり反省をしてください!」
「はい……」
「で、では犯人は一体誰なんですか?」
「この死体をよく見てください。何かが巻かれたような跡がありますね。
そしてこの切れ端」
「あ、ミイラ男のだ! さては絞め殺したんだな!」
「ち、違う! 僕は――」
「そう! ミイラ男さんは犯人じゃありません。
あなたはただ、彼女を包んであげたかった……そうですよね?」
「は、はい……だってそのままなんて余りにも可哀想で……。
こ、こんな風に巻こうとしていたんですけど、でも誰かの気配がしたので
慌てて回収してその場から離れたのです」
「えー、ですが、勝手に死体に触れちゃいけませんよ?
犯人につながる大事な証拠を逃してしまうところでした」
「おお! 大事な証拠とは!?」
反省した様子のミイラ男を押しのけ、狼男が訊ねた。
「その前に、誰かの気配がしたとは……あなたのことですね。透明人間さん」
「くっ、はい……」
「そうか! 透明人間なら見つからずに犯行に及ぶことができる!」
「いや! 私は彼女を殺してなんかいない!」
「……そう、殺していない。あなたはただ彼女の近くにいたかった。そうですよね?」
「はい……正直、お風呂に入っているところを覗こうとしたんですが
彼女の美しい歌声に良心が咎めて……。そもそも覗きなんて最低だし……。
それで、やっぱり部屋の外に出たのです」
「お前、女だろう? なんで彼女のお風呂を覗こうとしたんだ!」
狼男がうなり声を上げた。それを探偵がまあまあと諌める。
「いいですか狼男さん。色んな人間がいて、色んな恋があるのです。
それをとやかく言うものじゃありません。勿論、覗きはいけませんが
透明人間さんは思い直した。それで良いじゃありませんか。ただ……」
「ただ?」
「気づきませんか? 透明人間さんが部屋を出たことにより
部屋の鍵は開いたままの状態だと言うことに」
「あ! それで犯人は侵入が簡単になったんですね!」
「そ、そんな、わ、私は……」
「……大丈夫ですよ、透明人間さん。でも鍵を開けたままにするのは無用心です。
勿論、泥棒が悪いのは大前提ですが自衛することも大事なのです」
探偵はしゃがんで、泣き崩れた透明人間の肩をポンポンと叩こうとしたが
見えなかったので、すかっと、はずした。
軽く起きた笑いの中、探偵は咳払いをし、何事もなかったかのように立ち上がる。
「……それで、探偵さん。犯人は一体……あ、待ってください。
僕、気づいちゃいましたよ」
「ほう? なんです?」
「ほら、この濡れた跡! これがさっき言っていた大事な証拠ですね!
水! つまりこれは半漁人さんの仕業だ!」
「お、おれは、そんなことしてない!」
「はぁい! たしかにぃ! 私が言った大事な証拠と関連があります。
ですが、これは風呂上り、彼女の濡れた髪と体が床についたときにできたもの。
そして、私が言った大事な証拠とは体についていた水滴。
つまり、彼女はお風呂上りに殺された!
そして半漁人さんにはその時間、アリバイがある!」
「ほっ……」
「うーん、しかしそれでは犯人が誰かわからなくなってきました」
「犯人は……いないのですよ」
「ええ!」
「でも!」
「しかし!」
「そんな!」
「どういうこと!?」
探偵は、はあはあと息を荒げた。
いよいよクライマックスだ。胸をとんとん叩き、落ち着きを取り戻す。
その時だった。
「オオオオオオオオオ!」
突然現れたゾンビの集団。
流れるミュージック。踊る紫とピンクの照明。
そして華麗な集団ダンスを披露した後、ゾンビ軍団は探偵に言った。
「それで犯人は結局、だれええええぇぇぇ! オオオオォォォ!」
「オオオオォォォ!」「ウオオオォォン!」
「ふ、ふふふふふ、はぁはぁ。犯人は……いませえぇん!
強いて言うならそおぉぉう! 彼女ですよぉぅ!」
探偵はごらんなさいと手をその彼女のほうに向けた。
「し、死体の?」
「そおぉう! 彼女、人魚さんの歌声には催眠効果がありまあぁぁす!
お風呂場で反響し、頭がボッーとなった彼女はお風呂から出た後、体を拭き
パジャマに着替えたのですが、ベッドにたどり着くことなく
そのまま眠ってしまったのでええぇぇす!」
探偵は舞台袖にいる先生にウィンクした。
そう、彼こそがこのクラス演劇の脚本家にして監督、演出家。
彼は多様性が重視されるこの世の中。
保護者からのあらゆるクレームを柔術のように受け流し
個性豊かな面々、それぞれに見せ場、配慮と思いやり
平和的解決などあらゆる要素を盛り込んだ。
生徒全員に見せ場を作れと言う無茶も、ゾンビ軍団のダンスで解決した。
さらに、客席を煽り、保護者にもゾンビ役をさせることで一体感を出すことに成功。
問題は探偵役の生徒の興奮っぷり。
先生がカンペに書いて出した「抑えて! 抑えて!」という指示も
ボルテージが上がり、途中までしか効果はなかった。
だが、どうにか劇は無事、エンディングを迎えられそうだ。
多少のアドリブにも目を瞑ろう。
さあ、次は探偵が眠る人魚の肩を揺する。いよいよだ。
先生はふぅーと大きく息を吐いて気を引き締めた。
「はぁはぁ、さあ、げほっごほっ! ふー……さあ、目覚めなさい、お寝坊な人魚姫さん」
探偵が人魚の肩を揺すった。
……が、人魚は目覚めない。
まさか、本当に眠っているのか? この状況で?
舞台の上に敷いたマットは確かに柔らかそうだけど……。
と観客はそう思い、ザワザワとし始めた。
肩を揺すり続ける探偵。次いで叩く、だが起きない。
見る見るうちにその顔が紅潮していく。
「……おい、うおい! 起きろよおおおぉ! ふざけんなよてめええぇぇ!
俺の舞台だぞおおおぉぉ!」
探偵が怒りの形相で人魚の頬を叩いた。
その時だった。
人魚の口からツッーと血が流れ落ちたのだ。
「う、うわああああ! し、しん、死んで……」
探偵が尻餅をついて虫のような足の動きで後ずさりをする。
「綾? あやああああああ!」
席から立ち上がり、舞台に上がろうとする人魚役の生徒の母親を
舞台袖から飛び出した先生がガッと抑えた。
「全員、そのまま動くな! 犯人はこの中にいる!」
先生の発言にどよめく体育館内。
先生は母親の肩から手をどかし、そして人魚のもとに歩いた。
「この首筋の二つの赤い丸。
これは劇が始まる前に赤いペンでつけたものだが
ここにほら、針で刺したような小さな黒い丸があるだろう。
劇が始まる直前、つまりあの定位置についた時には当然、まだ人魚は生きていた。
と、なると殺されたのは劇の最中。つまり、犯人は人魚に近づけた者……
狼男! 吸血鬼! ミイラ男! 透明人間! 半漁人! そして……探偵。
犯人はお前たちの中にいるぅ!」
「そ、そんな!」
「嘘!」
「僕らはやっていない!」
「ちが、ちがう」
「お、おええええええ」
「ぼぼぼぼくが探偵なのに……」
「犯人は…………」
先生は目を閉じ、演奏を始めようとする指揮者のように腕を振り上げた後
溜めに溜め、閉じた目を見開いた。
「……ミイラ男。お前だな」
全員の視線がミイラ男に集まる。
「あの、探偵は僕――」
「お前は、さっき『こんな風に巻こうとしていたんですけど』と言い
人魚のそばでしゃがんだ。
その時だ。お前が毒針を彼女の首に刺したのは。
あんな台詞、俺は台本に書いていなかった。
上手くいった、だが動揺していたんだろう。立ち位置を間違えた。
だから狼男が台詞を言う時にお前を押しのけたんだ」
「く、くううううううううう!」
「認めたとみていいんだな?」
「こ、告白したけどフラれたんだ。だ、だから、だから……」
「お前がなぁ、自分がやったことを後悔しているのを!
彼女をどれだけ愛していたのかも!
スゥー……先生はわかっているぞ。
その包帯の湿り気。泣いているんだろう?」
「せ、先生……!」
「さあ、全員で歌おう!」
全員が肩を組んで歌い始めた。
怪物たちも先生もゾンビたちも人魚役の生徒の母親も。
そして……人魚がパッと飛び起きてソロパートを歌いだした。
か、完璧だ……。本当に殺人事件が起きたのかというドッキリを観客に仕掛けた上に
王道が好きなミステリーファンの保護者に
『実は犯人はいなかった』というオチに文句をつけられないように真犯人を用意。
人魚役の生徒の母親とは事前に打ち合わせをしておいた。
一捻り入れたんだ。ミイラ男役の生徒の親も『うちの子が犯人なんて!』なんてクレームをつけないだろう。
そして……何よりこのスポットライト……。
きんもちいいいぃぃー!
先生は歓声に包まれ、紙吹雪が舞う中
己が書いた劇が成功したことを確信したのだった。
その背中に到底、探偵役とは思えない
憎悪の眼差しを向けられていることに気づかずに……。




