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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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にじり寄る未来

 女は重い足取りでマンションの自動ドアを通り、エレベーターの前に立った。

そこで大きく息を吐き、頭の中にある雑念、仕事のことを振り払った。


 ……本当はもう会社を辞めたいって彼に愚痴を溢したいところだけど仕方ない。

仕事を自宅に持ち込まないのが同棲時に彼と決めたルール。

二人で払っていくとローンを組み、このマンションを購入した以上

多少の愚痴程度でフラれることはないと踏んでいるけど

結婚するまでは油断できない。

まあ、それも秒読みではあるけど。

 と、女は考えていた。


 ――ついてないな、一番上か。


 見上げたエレベーターの階数表示は10階に光が点いていた。

 そのまま見つめる。


 9階。


 ――チン。


 え?


 エレベーターが到着した音がした。

まだ9階のはず……と女が目線を下ろしたとき、ドアが開いた。

 そこには幼稚園の制服を着た小さな女の子と男がいた。


「ママー!」


 女の子が満面の笑みでそう言うと同時に駆け出す。

 え、ああ。後ろにいるのかな? 

と思った女がチラッと後ろを向こうとする。

が、それより先に女の子がエレベーターから外に出た。

 その瞬間、女の肌が粟立った。

 女の子の姿がスッと消えたのだ。


「何、今の……? 幻覚?」


 つい、呟いた。心の中では幽霊を見たとそう確信していたが

あえて幻覚だと呟き、恐怖を和らげようとしたのだ。

エレベーターのドアは閉まったままだ。

仕事のし過ぎによる疲れ。そう納得させようとしたとき


 ――チン。


 また、エレベーターが到着した音がした。

 階数表示を見上げると、まだ8階だった。

 そしてまたドアが開く。


 そこには先程と同じ女の子。

しかし、気のせいだろうか、前より幼く見えた。

 そして、さっきは目を向ける間がなかったが、そばにいる父親らしき男性の顔は


「嘘……」


 女の恋人そっくりだった。

 ただし髪型が違い、少し歳を取っているように見える。


 恋人そっくりのその男と女の子は手をつないだままエレベーターから降りた。

するとやはり、先程と同じく振り上げたその足からスッと消えていく。


 境界線。これは未来が見えるエレベーターなのね。

 女はそう仮説を立てた。

不可思議な事でも法則性が見いだせれば幾分か心の安定は保たれる。


 ――チン。


 まだ7階。しかし、ドアが開く。

やはりだ。先程の女の子と父親。それに、どちらも若返っている。


 ――チン。


 6階。今は二歳くらいだろうか。

どこか不安げな様子がとても可愛い。


 ――チン。


 5階。赤ちゃんだ。抱っこされている。次はもしかしたら……。


 ――チン。


 4階。


「え……誰?」


 女は自分の姿、それも膨らんだおなかを想像していた。

しかし、そこにいたのはまったく知らない女だった。


 ――チン。


 3階。ドアが開く。

 あの知らない女と恋人がエレベーター内で熱烈に絡み合っていた。

艶めかしいキスの音に女は耳を塞いだ。


 ――チン。


 2階。知らない女と恋人が腕を組んでいる。


 もう間違いない。あの人は浮気を……。

 でもいつから? 1階に近づく度に未来も近づいているのだとしたら、これは数ヶ月後?


 ――チン


 1階。ようやく降りて来たエレベーターに女はフラフラとした足取りで乗り込んだ。

どうしよう。どうやって訊こう。いや、やっぱり幻覚……一先ず休んで……。

 部屋に帰るのを躊躇い、ボタンに伸びる指はゆっくりとした動きに。

ゼンマイが切れかけのオルゴール。やがて完全に動きを止めた。


 いる。後ろに。


 女はエレベーター内に誰かがいることに気づいた。

いや、正確には乗り込む際に、目にしていたはずだ。

ただ、あの精神的ストレスで文字通り、目が曇っていた。

 女はチラリと後ろを見る。深く帽子を被っていて相手の顔は見えない。

でも体格からして女性だろうか。

それにしても、どうしてこの人は降りないのだろう。


 そう思ったとき、その者の手が女に向かって伸びた。

黒い頭の蛇。一瞬そう見えたのは、その後に来る痛みを予期していたのだろうか。

 刺すような痛み、体の力が抜ける。

 スタンガンだった。

 女が遠のく意識の中、見上げたその者の顔は、あの女によく似ていた。

そして、その女が最上階のボタンを押すのを目にしたのを最後に

女の意識はエレベーターのドアと共に深く閉ざされた。

 真っ暗闇の中、聞こえた声は未来のものだろうか。

 

 飛び降り自殺なんて、と嘆き、自分自身を責める恋人の声。それを慰める女性の声。

 わからない。わからない……。

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