白線
男は夕焼け空を眺めながら帰り道を歩いていた。
穏やかな風が悪戯っぽくタバコの煙に触れる。
落ち着く。一日の中で一番好きな時間だ。
と、男がリラックスしながら角を曲がると
道の真ん中に白線が引かれているのを目にした。
工事? それとも子供の遊び?
何にせよ、ちょうど通り道だ、と男は白線の上を歩いて辿った。
白い部分から落ちたら沼。そう童心に帰りながら。
――ははっ、おいおい、うちの子の仕業かよ。
辿った先、白線は自宅の門の中に続いているようだった。
――こんなに引いて、誰が綺麗にするんだ。近所に見られたら文句を言われ……
男がそう思いながら後ろを向くと、白線は黒ずんでいた。
ジワジワトと。まるで盛り塩が悪霊を浄化しきれず黒ずむホラー映画の演出のように。
男は恐ろしさのあまり、白線から飛び退いた。
そして、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。
――ああ! 家族! 家族に危険が!?
これは何かの予兆では。その考えに至った男は慌ててドアの鍵を開け、中に入った。
家の中は真っ暗だ。人の気配はない。
――留守か?
少しの安堵。だが確定ではない。もうすでに何か起きた後かもしれない。
男は震える手で靴を脱ぎ捨て、家の奥へ進んだ。
薄暗い中、リビングのドアを開ける。
そこにあったのは白線の終着点、大きな白い丸。
そして、ガス漏れの臭い。
――これってまるで導火……
男は手に持っていたタバコの丸い火が激しく光ったのを最後に目にした。




