表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

401/705

身分相応

 ……さーて、始まったかな?

 一体、何が起きるのか。ふふん。まあ、そうやすやすと思い通りになる気はないがな。

 俺はわかっているんだ。ここが小説の中の世界だってな。

どうせとんでもないことに巻き込まれ、主人公が悲惨な目に遭うやつだろう?

そうとも、俺のような『とある一人の男』はそう料理してやるのが常套手段だ。

 だがな、俺は殺されるのはごめんだぞ。

 ほら、どうだ?

こうして部屋の中で腕を組んだまま動いてやらないぞ。どうする?


 ……と言ってもどうせ作者の思いのままなのだ。

ふん、でもささやかな抵抗くらいしてやりたいじゃないか。

 さてと、何か起きるにはもういい頃かな?

そーら、今にインターホンが鳴るぞ。

そして開けたら、突拍子のないことを言い出す男か女がそこに……。




 インターホンが鳴り、ドアを開けるとそこにいたのは見知らぬ子供だった。

小学校低学年ぐらいだろうか?

小柄なその体には似つかわしくない大きなリュックを背負っていた。


「君、どうしたの? あ、ちょっと!」


 子供は部屋に勝手に上がり込むと部屋の隅にリュックを下ろした。


「ねえ、遊ぼう! ほら! お絵描きしてよ! ヘビにゾウにそれからヒツジ!」

 

 子供は部屋の中を物色し、紙とペンを取ってくると、私にそうせがんだ。

 なんて自分勝手な子だ。それにあの荷物、家出?

どう考えても追い返すべきだが、機嫌を損ね、無理矢理部屋に連れ込まれただの

悪戯されただの、嘘出鱈目をご近所に吹聴されては困る。

 それに絵を描くのは嫌いじゃない。

昔よく描いていたから自信もある。

ここは素直に従い、打ち解け、穏便に帰ってもらおう。


 そう考えた私は少年の言うまま絵を描いた。

これは違う、もっとこうしてなど注文を付けてきたが、それほど嫌な感じはしない。

久々に絵を描くからというのもあるが何か、そう、初めて見た時から

どことなく親しみのようなものを感じていたのだ。

もしかしたら遠縁の子かもしれない。


「ふー、だいぶ描いたがどうだい? 中々の物だろう」


「うん! さすが、すごく上手だね!」


「ふふん、そうだろそうだろ、じゃあ次は何を描いてあげようか?」


 久々に絵を描いて手首が疲れたが中々の好感触。

これなら、そろそろ素性を聞いてみてもいいかもしれない。

 しかし、言葉には気を付けなければならない。

服の袖や、首筋。その体をよく見れば生々しい傷痕がある。

 虐待……それを苦に家出してきたのではないだろうか?

 夜、寂しく公園で震える少年。

優しい人に声を掛けられ、温かい風呂、食事に布団。

そのように転々と移動し、人の優しさ、親切に触れ

いつからか飛び込みで甘えるようになった。

うん、有り得る話だ。


「それで……君はどこ辺から来たのかな?」


「宇宙」


「う、宇宙?」


「そ、小さな星からね! ここに来るまでに時間が掛かっちゃったよ。

何せ遠いし、宇宙船はボロいし」


 ……漫画かアニメの影響を受けているのだろう。

主人公に自分を投影し、辛い現実から逃れているのだ。

遊びではない。本気でそう思い込んでいるのかもしれない。

ここは話を合わせた方がいいな。


「それで……そこはどんな星なんだい?」


「んっーとねぇ……覚えてない?」


「ん? 何がだい?」


「昔描いた絵の事。自由帳に描いた僕だけの星」


「え……」


 昔、自由帳、星。

そう言われた瞬間、頭の中に過去が映像として蘇った。

だが……。


「君は……まさか私が書いた絵の?」


「そう! 思い出してくれた!?」


「あ、ああ!」


 そう言われればこの既視感や親しみにも納得がいく。

無論、そんなことはあり得ない。

起きるはずもない事だが、現に目の前にいる少年が話すたびに

昔の記憶が鮮やかに彩られていく。


「……ねぇ。次はもっとこの色を使ってほしいな」


「え、ん? 赤かい? じゃあそうだなぁ……イチゴとかリンゴでも」


 いやぁしかしそうか絵がねぇ……まさに創造神。

私には今もその力があるのだろうか。


「生き物が良いな」


「ん、赤い生き物? うーん、タコにカニ、タイ、ふふふ、海の生き物ばかりだな」


「ふふふっ、別に赤い生き物じゃなくてもいいんだよ?」


「え? でも赤――ああああああ! 何、何を、やめ、やめろ!」


「ふふふ、ね? 赤色はどんな生き物でもあるでしょ?」


「血ぃ、血! やめ、やめるんだ! そのナイフ、あ、ああ? その荷物、全部……」


「そう、刃物とか拷問器具。ねえ、覚えてない?」


「は、は?」


「ほら、好きだったじゃない。赤色……よく描いてたでしょ」


 その時、私の頭に浮かんだのは苦しい小学生時代。

友はなく、馬鹿にされ苛められる日々。

 そして私は鬱憤を晴らすように自由帳に絵を描いた。

 男の子。唯一の友達。

そして……その子を残酷に殺し、心を癒した。

それは長く、長く続いたが

クラス替えをきっかけに苛めは無くなり、私もまた苛めをやめたのだ。


「君が宇宙船を描き、拷問星とかいうのに僕を飛ばしたのは幸運だったよ。

お陰で君が僕を忘れた後、ここまで来れた。

じゃあ、絵を描こうか。ただし、今度は僕が自分で好きなようにね……」




 ……ということはおろか鳴りもしない。

 しかしまあ、今のは私の妄想だが、理不尽というのは突然やってくるものだ。

逃れる術もなく、運が悪かったなどとは慰めにもならない。

まあ、今の話の場合は正当性のある復讐と言えなくもないが

何にせよ俺に絵を描く趣味はないし、恨みを買うような真似をして生きてきてはいない。

 しかしそうか、誰も来ないか……。

 ではすでにこの部屋の中に……。

そう、表裏一体。怪異、奇妙な現象は気づかないだけで常に隣り合わせ

ラジオのチャンネルを合わせるように意識すると……。




 カチカチカチと爪で引っかくような音が聞こえた。

ネズミだろうか。壁か天井か。

駆除、業者。面倒くささに憂鬱な気持ちにさせられる。

 溜息を吐き、音のする方に近づくと

まるで剥がれるかのように何もない空間に穴があいた。

 そして……そこから覗き込む目と目が合った。


「あ、やべっ」


 その声の後、何かを貼り付けたような音がして

空間はまた元に戻った。

 ……穴をあけてしまっていてシールを貼ったものの

それを忘れ、なんだこれ? 剥がそうってことってあるよなぁとぼんやり思った。


 ……ん? また音が。

 これは……壁紙がひとりでに……。




……っていう現象も起きないな。まあ、しょうもない想像だ。

 では窓の外はどうだ。何か……。




 今日は曇り。ベランダに出ると肌に感じる生暖かい空気。

そして頭上には渦巻くような大きな雲。

雨はまだ降っていないがそれも時間の問題だろう。

雷など落ちなければいいのだが……。

 ん? あれは……なんだ?


 雲の中から……宇宙船!?

 巨大だ、巨大すぎる!

この町どころじゃない! この国、いや、もっとだ!

それになんて暗い、穴かあれは? 開閉ハッチ?

まさかそこから恐ろしい巨大ロボット兵器が……。

ああ、影が全てを覆い……風、風だ! 風が!


 私は部屋の中に戻り窓を閉めた。

が、無駄。窓ガラスは割れ、その破片も家具も空に吸い込まれていく!

 私は何とか窓から離れ、壁を背にする。

 凄まじい風の音。それに混じり聞こえたのは悲鳴。

風で小学校の運動会の叫声が聞こえてきたときと同じ感覚。

誘拐。あの暗い穴から人間を吸い上げているのだ。

これは宇宙人の侵略なのか……。

これが……人類の終焉……こんなにあっけなく……。


 ……と、思ったのだが、何だ?

風と悲鳴が……それに影が……消えて、消えた!

 静かだ。ベランダに出て外を見渡すと、まるで台風、いや竜巻が通った後のよう。

 空を見上げると雲は相変わらずあったが

どうやら巨大な宇宙船は地球から離れたらしい。

 何故だ? 目的は済んだのか?

またいつか来るのか? 果実を収穫するように?

 唖然とする私。

 口火を切ったのはささやかな風で表の道路をカラカラ音を立てて転がる

コーヒー店の空っぽのプラスチック容器。


 ――タピオカ


 何故か頭にそうよぎった。


 そして、夜と見紛うほどの、それ以上の闇が来た。

それは恐らく星をすっぽり覆うほどの……。




 ……なんてことも起きやしない。

まさか、なにも思いついていないのか作者は……。


 ……ふ、ふふふ、ははははっ! なんてな。

たまにこういうことを考えたくなるのさ。

 上を見上げ「おい、お前が見ているのはわかっているぞ」

なんて呟いてみたり。

 実はこの世界はシミュレーションで、事故なり寿命なりで死んだら

カプセルの中でお目覚め「いかがだったでしょうか?」なんて声をかけられたり

 空を見上げ、あの雲が落ちてきたら……なんて怯えて更にその向こう

実は宇宙は血管の中。この星は巨大な生物の赤血球のようなものであるなんて夢想する。

 スケールの大きさに足の方から血の気が引くのを感じ、考えるのを止め

このように部屋の真ん中でゴロリと横になり、昼寝をする。

 そう、こんな休日。

不可思議な現象に憧れはあるが、何事もないのが一番なのさ。




 っとインターホンが。はいはいっと荷物かな?



 ……え? 金? 強盗?

 いやー、あの、えーっと……我々はちっぽけな存在でしてね。

もっと大きな存在が気まぐれで我々をいつでも踏みつぶすという事も

全然あり得ると言いますか……。

 だからこうして争いあうのはなんともその……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ