荒野を駆ける
秋の終わりが近づいた頃。風が土煙を巻き上げ、遠くで鴉が鳴いた。
夕暮れ時。町の灯りは弱々しく、どこか心許ない。
その黒いコートの男はこの町唯一のバーの前で立ち止まると
張り紙をチラッと見て、ドアを開け中に入った。
外観同様こじんまりとしたバー。
奥の席の丸テーブルを囲むように三人の男が座っている。
客はそれだけ。この町同様寂れている。
男はツカツカと歩き、三人のもとへ。空いている席に腰を下ろす。
「よぉ、あんちゃん。久しぶりだな」
そう声をかけた男、バースは黒コートの男の肩をバンバンと叩いた。
男は特に返事をせず、コートを脱いだ。
黒いシャツを腕まくりし、両手をそれとなくテーブルの上に置いた。
イカサマはしない。そう暗に示した。
バースはヘッと鼻を鳴らし、ビール瓶をぐいと傾け喉に流し込むと
サックにカードを配るよう促した。
このバーでは時々、男たちがカードゲームに興じる。
今日は(大抵そうだが)ポーカーだ。
ゲームは滞りなく進んだ。
バースが時折、痰の絡んだ唾を吐き捨て
バーのマスターがピクリと眉を上げるが、何も言わないのはいつものこと。
四本目の酒瓶が空き、そろそろお開きかというところで、バースが言った。
「……あんちゃん、アンタ超能力者かい?」
全員の手が、グラスを磨くバーのマスターを含めてピタリと止まった。
確かに黒コート、もとい黒シャツの男は今夜、一番稼いでいる。
勝つときは大きく賭け、負けるときはすぐに降りる。
強い。だがそれを揶揄した物言いではない。
バースは懐から出した銃を黒シャツの男に突きつけていた。
「バース、揉め事なら――」
「いいから黙っててくれよマスターよぉ! あんたも張り紙をしてただろう!
『超能力者お断り』ってな。コイツがそうなら大問題だぜ。
政府に連絡して賞金を貰わないとな」
超能力者。それが公に認められてから数年がたった。
認められたと言ってもそれが存在するということで
彼らの権利や生き方が認められたわけではない。
恐れ、あるいは嫉妬からか彼らは迫害されていた。
そして世の中は荒れた。
彼らがその能力を行使し好き放題破壊、暴れたというわけではない。
無論、数件だがそういったケースもあったが、オタマジャクシに生えた足。
まだ進化の序章なのか
大抵の超能力者は些細な能力しか有していなかった。
しかし、その些細な能力が人の心を読む力だったとしたら?
たとえば、暗証番号いくつ? と訊かれて素直に答える者はいない。
だが、その頭の中に確かに数字は浮かんでしまうものだろう。
他の質問をしてもいい。
君の最大の秘密は?
貴方はどの今回の選挙、どの候補者を推している?
次、買収予定の会社は?
どの株を買う予定?
お前は他国のスパイか?
あの人のこと好き? 嫌い?
目の前にいる人間が超能力者かどうかわからない以上
質問されるのも、あるいは質問するのも忌避される。
疑心暗鬼に陥り、警戒心を抱いた。
その結果がこの荒廃へと繋がったのだ。
そして、超能力者はその善悪強弱問わず槍玉に挙げられ
その身柄、情報に懸賞金がかけられた。
ただ殺されるか研究か、それとも軍事利用かはわからない。
帰ってきた者はいないのだ。
尤も、銃を構えるバースにとっては世の中や超能力者の未来などどうでもいい。
ただ明日の酒を買う金が手に入るか否か、重要視しているのはそのことだ。
賞金にはさほど期待しちゃいない。
政府は金を取るときはキッチリやるくせに、くれようって時は出し渋る。
馬鹿でもそれを知っていた。
今は目の前にありもしない金の心配をするより、テーブルの上の金をどうせしめるかだ。
黒シャツの男が超能力者かどうかは重要じゃない。
銃に怯えて逃げ出してくれれば
『逃げたと言うことはアイツはやはり超能力者だった。俺が正体を暴き、追い出した。俺の手柄だ』
と言うことで、金を堂々と手にできる。それが狙いだった。
だが、黒シャツの男は立ち上がろうとはしない。
ただ一言、そう言うしかないが「俺は超能力者じゃない」
黒シャツの男が発したのはそれだけだった。
「それを決めるのは俺だぁ」
バースは銃の撃鉄を起こした。
さらに引き金に指を添えて、こう言った。
「最終ゲームだ」
カードが配られた。
これで黒シャツの男が勝てばバースは容赦なく引き金を引くだろう。
しかし、降りることは許されない。金は全賭けとのお達しだ。
横暴だが他人を支配するのは強者の特権だ。
黒シャツの男の手札は皮肉にもジャックのスリーカード。
文句なしの良い手だ。
すでに他の三人は一回きりのカードチェンジを済ませた。
この三枚を捨て、わざと負けるか。
黒シャツの男が葛藤する。
が、それは無駄な考えだった。
幸運の女神の髪の毛を毟り取ったのは黒シャツの男だけじゃない。
バースが五枚の手札のうち二枚を捨て、引き当てたのは
ダイヤの三とクラブの二、それでストレートの完成だ。
口をひん曲げて笑うバース。
黒シャツの男は熟考の末、カードを捨てた。
「はっはぁ! ストレートだ!」
食い気味に公開したカード。バースの鼻が膨らむ。
その二つの穴から唄と息が漏れる。
視線はテーブルに出した自分のカードと金の山を行ったり来たりしている。
黒シャツの男が手札を晒すまでは。
バースは目を見開いた後、口をおっぴろげた。
黒シャツの男は三枚のジャックを残し、二枚交換した。
新たに渡された二枚。そのうちの一枚が残りのジャックだった。
フォーカードだ。
バースの顔の赤みが増していく。
怒号が先か、引き金を引くのが先か、あるいは同時か。
何にせよ、それを待つつもりはなかった。
バースは自分の顔めがけて飛んできた酒瓶をモロにくらった。
仰け反り、反射で両腕が左右に伸び
割れた瓶の中身を浴びたその姿は久々の雨に喜ぶ農業者のようだった。
黒シャツの男が立ち上がり、テーブルの上に飛び乗った。
紙幣を踏みつぶし、テーブルから転がり落ちた数枚の硬貨がバーの床で跳ねた。
バースが銃を黒シャツの男に向ける
が、それよりも早く黒シャツの男はバースの肩を掴むと勢いそのままに
椅子から引き摺り落とし、壁にたたきつけた。
店が揺れ、いくつかの物が落ちて割れる音。
壁にかかっていた魚のオブジェが斜めになり
頭をぶつけ気を失い、項垂れるバースを見下ろした。
「……カード。何で、指示をくれなかった? 兄貴」
黒シャツの男、もとい弟が俺に言った。
サックは弟と俺を交互に見つめた。
俺はサックを見つめながら口に指を当てた。
サックは怯えたように視線を下ろした。
いい子ちゃんだな。なあ、サックよ。
俺たちは始まりから終わりまでカード運がなかったな。
「兄貴」
「ん? ああ、お前がどうするか気になってな」
弟はため息をつくとテーブルの上の金を集めた。
潮時だ。この町とオサラバ。二度と来れないな。
弟に超能力はない。
そして、俺にあるのは手で掴めるサイズの物を自由に動かす程度の超能力だ。
心を読む能力はない。でもそれを弟は知らない。
俺が本当に心が読めると思っている。
ただ単にバースみたいな単純な男の考えていることはわかるってだけなのに。
俺はそれを言わない。
何故かって? 楽しいからさ。
弟をからかうのもイカサマをするのもな。
ああ、そうだ。落ちて割れた鏡を回収し忘れた。
土煙を上げて車が荒んだ町を駆け抜ける。
俺は酒を喉に流しこみ自然と目に入った星空に中指を立てる。
見下ろしてんじゃねーぞ。
それを運転席から横目で見た弟はチラッと空を見上げる。
ハゲタカでもいるのか? とでも思ったのだろう。
俺はちゃんと前を見ろよと肩を小突く。
行き先はいつも弟任せだ。
弟に超能力はないが俺はこいつの運の強さにいつも賭けているんだ。
負けなしさ。この先もきっとな。




