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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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ハイジャック

 そう大きくはない、とある空港。

離陸前のその飛行機の中は旅行気分で浮かれる乗客によって、和やかな空気が形成されていた。

 だが、それは機内放送で一変する。


『と、当機はハイジャックされました! これは訓練ではありません!』


 機長のその声に乗務員、乗客共にスピーカーを見上げた。

困惑するあまり、まだ悲鳴も上げられない中

機長室の方から恐ろしげなマスクをつけた男が銃を片手に現れた。

体には爆弾のようなものを巻き付けている。


「乗務員は全員、今すぐ降りろ!」


 銃を振り回し、男はそう怒鳴った。

正確には男かどうかもわからない。ボイスチェンジャーだろう。声を変えているのだ。

特徴を知られないように用意周到な犯人だということはわかった。

 まず乗務員を降ろしたのも機内に詳しく

冷静な行動を取れるから厄介だと判断したのだろう。

乗客はそう解釈し、ただただ震えるしかなかった。

 しかし、その方が却って良かったのかもしれない。

怪我人もなく、やがて駆けつけた警察隊が飛行機を取り囲んだ。

 そして、警官に連絡用の電話を機内に持って行かせ、交渉が始まった。


『そちらの要求は一体なんだ』


「そう難しくはないことだ。まずこの飛行機の正面にある車両をどかしてもらおうか」


 やはり、国外へ亡命するつもりなのだろうか。

離陸は何としても防ぎたいところだが人質がいる限り向こうが優位だ。

逆らうわけには行かない。警察側はしぶしぶ了承した。


「よし、どかしたな。それじゃあ本題だ」


 すでに銀行へ協力は要請してあった。金はいくらか用意できる。

 だが、犯人の要求は金ではなかった。


「囚人を乗せろ……ですか?」


「ああ、犯人の目的は囚人を乗せて亡命。しかし……」


「犯人が指名したこの三人。どうも関連性が見えないですね」


「いや、あるにはあるさ。全員が凶悪犯だ。

強盗殺人。放火殺人。そしてヤクザ者のこいつも殺人だ」


「実は仲間、とかなのでしょうか……」


「今調べているところだ。何かの組織、または宗教関連かも知れん」


 その三人がいる刑務所はバラバラだったが

警察の尽力のもと、到着までそう時間はかからなかった。

 とは言え夜になった。

乗客の心労を考え、せめて子供やお年寄りだけでも解放をと交渉したが頑なに拒まれた。

 黙って唇を噛み締めるしかなかった。

一人くらい殺していいんだぞと脅し返されては。


 ピりついた空気の中、連れてこられ、それぞれ護送車から出された囚人は顔を突き合わせた。

その様子を取り囲む警官たちが鋭い目つきで見守る。

一瞬の表情の変化も見逃さないつもりだった。

 だが、どうにも初対面らしい。

囚人たちには詳しい事情を話していないから、さっぱりと言った顔だ。

 しかし、ここまで来ては隠す意味はあまりない。駄々をこねられても困る。

反応を見るという意味でも警察は三人に状況を説明した。

 聞き終えた途端、顔が綻ぶ三人。

どうせこのままだと死刑か終身刑。

第二の人生を国外で過ごすチャンスがやってきたのだ。

笑顔になるのも頷ける。

 無理矢理でも犯人との関連、心当たりを吐かせたいところだが

グズグズしていては乗客の命が危ない。

日が落ちた辺りから犯人に急かされているのだ。


 三人は警官に連れられ、座席に座らされた。

 手錠は後ろ手にしたままシートベルトを締められ身動きが取れない状態。

勝手に動かれて、乗客に危害を加えさせないためだ。

手錠の鍵は指示通り、空いている席に置かれた。

 役目を終えた警官が機内から出ると乗客が続々と降りてきた。

その数を指折りで数えながら、現場にいるものは一先ずはホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、まだ油断できない。まだ機長が機内に取り残されている。

突入するわけにはいかないが、予想通り。

犯人は向こうに着いたら機長を解放すると述べ

警察は夜の空へと昇る飛行機を大人しく見送ることしかできなかった。


 機内にて三人は安心しきった様子で会話を始めた。

やはり気になるのは、何故この三人なのか、だ。

 年代が違う上に一人は外国人だ。どうにも掴めない。

もしかしたらスカウトかもしれない。何せ胸を張れるほどの凶悪犯だ。

向こうで何かでかい事をやらかそうという魂胆。

ひょっとしたらこの一連の仕掛けは巨大な犯罪組織の作戦だったのかもしれない。

 そろそろ犯人から説明があるのではと

三人は犯人が立て篭もっている機長室に座席から精一杯、体を向けた。

 早く手錠を外して安心したかった。

 スカウト以外の可能性。考えたくはないが復讐……。

早くその懸念を拭い去りたかったのだ。


 まだかまだかと貧乏ゆすりを始める中、機長室のドアが開いた音。

そして、現れたのは……。


「あんた……その恰好、機長か?」

「おい、犯人の奴はどうした」

「なんだ、背中のそれ……」


 三人の質問に機長は一切答えず、ツカツカと機内を歩いた。

無視するなと怒号が飛ぶ中、機長はドアの前で足を止めた。

 三人がそれを止めることはできなかった。

 機長はドアを開け、そして飛び降りたのだ。

 背中にあったのはやはりパラシュート。

何らかの方法で犯人を倒した機長は一人で脱出したのだ。

 そう考えた三人は機長室に向かって吼えた。

犯人が殺されたとは限らない。気絶させられているのかも。

早く起こして危機から脱するのだ。

 それと平行してなんとかシートベルトを外そうとしたが、両手が使えない以上難しい。

おまけに、せめてもの抵抗と警官がシートベルトをきつく締めていたのだ。

 もがく三人のことを腹を抱えて笑うように

飛行機はゆらり揺れ、そしてバランスを崩し急降下を始めた。


 その様子をパラシュートを広げ、月の下。空を悠々と降りる機長が見つめていた。


 そして独り言を言った。それはもしかしたら罪悪感。

訳もわからずに死ぬ三人への懺悔のようなものかもしれない。


「……お前たち三人には悪いが警察はお前たちの関係性を調べるのに躍起になるだろう。

世間もそうだ。そのおかげで俺が疑われることはない。

山に落ちて機体諸共粉々になれば

死体がお前たち三人分しかないことには気づかれないだろう。

これで保険金が下りる。それにもしかしたら私は英雄扱いされ、客足が伸びるかもしれない。

ああ、弱小航空会社だが、これで我が社はもうしばらくは安泰だ」

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