張りつめた車内
夜中。男はタクシーに乗りこみ、走るよう促すと、ふぅと息を吐いた。
すると運転手は咳払いを一つ。タクシーを走らせると同時に
ゼンマイを巻いたおもちゃのように話しかけてきた。
「いやぁ、こんな夜中にお客さんを拾えるとはねぇ」
「・・・・・・迷惑だったかい?」
「いやいや、とんでもない! タクシー強盗でもなけりゃ大歓迎ですよ。
よく言いますよね。幽霊よりも生きた人間のほうが怖いってね」
「ああ・・・・・・言うね」
「でしょう? でもね・・・・・・私はやっぱり幽霊のほうが怖いと思うんですよ」
「ふむ、何か一つ話がありそうな口ぶりだね」
「へへ、タクシー運転手やって二十年ともなると妙な話も耳にするもんで・・・・・・
女の幽霊を乗せただの、実はそのタクシーも幽霊だっただの。
まあ、実際に私は体験したことないんですがねぇ。
何せビビリなもので念のためにお札なんかほら、車内にペタペタ貼ってたりしてね」
「それはそれで怒られそうだね」
「ええ、まさに。会社に怒られてしまいまして。ま、当然ですな。
客が気味悪がってすぐ降りちゃうもんで」
「普通はそうだな」
「ええ。だからね、辞めてやりましたよあんな会社。
今ではこうして個人タクシーをしてね。
あの時よりこっちのほうが実入りがいいですよ。
まあ、バラつきはありますがね」
「・・・・・・それはそうとさっきからどうも人気のない場所を走っているようだが」
「ええ、ふふふ。い、いい場所がありましてねぇ。
昼夜関係なく全然、ひ、人がいなくてね。
あ、あ、あ窓を開けますね。へへへ、い、い、いおう、い、息が詰まりそうなので」
運転手は息を荒げ、その体から落ち着きは完全に消え失せていた。
狂気的にも近い、引きつった笑みを浮かべながらハンドルを強く握る。
「・・・・・・それは死体なんか隠すには持って来いだな。
たとえば、殺した乗客から金品を奪った後、捨てたりな」
「ふふふ、こ、怖い事言いますねぇお客さん・・・・・・」
「ああ、冗談さ。まあどっちでもいいがな。構わないぞ、道は任せる」
「は、ははは・・・・・・ま、わ、私も向かわずにすめば、そ、それで良いんですけどねぇ。
だ、誰だって死にたくはないでしょう? ひ、人を巻き込むなんて、ね。
さ、さっきも言ったとおり私はね、い、生きた人間より幽霊が怖いと思うんですよ・・・・・・
ねぇ、お、お客さん。そのお札、き、効きませんか?
一切? 全然? ははへへへ・・・・・・。
ねぇ、やっぱりブレーキが効かないのはあなたのせい・・・・・・」




