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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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392/705

叩かれる窓

「ああ、クソッ!」


 終電を目の前で逃した男は走り去る電車の尻に向かってそう悪態をついた。

粘っこい溜息で気持ちを切り替え、タクシー乗り場に向かったものの

そこは長蛇の列。

 どうにか途中でタクシーを拾えないかと注意を向けながら

仕方なく帰り道を歩いていた。

 と、そこに・・・・・・。

 

「お、おお! タクシー! おーい!」


 切り裂くようなブレーキ音。男はその眩しいヘッドライトに目を細めただけでなく

耳も塞ごうかと思ったが、強引に呼び止めた上にそれは失礼と思い

笑顔を浮かべた。

空席のようだが妙な間があり、悪態つかれ、走り去られるのではと少し弱気になったが

タクシーの後部ドアが開いた。


 ホッとした男はへへへっとお調子者を演じつつ、慌ただしくタクシーに乗り込む。

 行き先を告げ、走り出したタクシーのシートに上機嫌で身を沈める男。

フーッと安堵の息を吐く。



 ・・・・・・なんだこの音。


 男は静かな車内で際立つ、その妙な音に気づいた。


 変な音だ。外・・・・・・だろうか?


 そう思った男が何気なく窓の外に目を向けた瞬間


 ――バン!


 と窓を叩くような音がした。

 いや、男は確かに目にした。そして喉を絞められたように息を呑んだ。

 窓は叩かれたのだ。

 血まみれの手によって。


 気のせい、見間違いだなんて言い分は無理だった。

その手がどいた後、窓に赤い手形がついたのだ。

と、言ってもくっきりとしたものではない。

掠れ、淀み、醜悪で、しかし確かな存在感を放っている。

それは何を主張しているのか。

世に対する恨み、嘆き、憎しみ・・・・・・


 ――バン!

 

 また窓が叩かれた。


 ――バン!


 まただ。その度に男は天井に頭をぶつけるほど飛び上がる。

ガタガタ震え、しかし、それでも体は徐々に窓の方へ

まるで引き寄せられるように。

それは霊の仕業か、怖いもの見たさからの好奇心か。

ここにきて、何かの間違いであってほしいという現実逃避からか。

 そしてついに顔は鼻が窓につくような距離へ。

 さすがに窓を開けようとは思わなかった。

 背筋を伸ばし、覗き込むように見下ろす。


「あ、ああ!」


 そこには女がいた。

 目が合った男は飛びのき、息を荒げた。

 

「お、おい、運転手さん! もっ、もっとスピードを上げてくれ!」


 男がそういい終わる前か後か、タクシーはスピードを上げ

街灯の光を次々置き去りにしていく。

男はそれを反対側の窓から見て僅かながらに安心する。


 しかし、それも束の間。


 ――バン!


 再び女が窓を叩いた。

それも繰り返し何度も窓に手を打ち付ける。

叩かれたその箇所から端まで衝撃が伝播していくのが見える。

 このままだと破られる。

もっと、もっとスピードを。幽霊を置き去りにするような。

そう思った男は上擦った声で言った。


「う、運転手さん! なあ、妙だと思うが止めないでくれよ! 女の幽霊が――」


 そこで男は口をつぐんだ。

 運転手が何か呟いている。

それだけではない。青白く、瞬きをしないその顔はまるで死人。

しかし、汗はかいている。

生きている。だが、まさか、とり憑かれて・・・・・・。

一体何を呟いているんだ・・・・・・。

そう思った男は耳を澄ました。


 そして、車が揺れる度に叩かれる窓。

その音すらも、もはや置き去りにした。


「・・・・・・お、俺は悪くない。悪くない。あの、あの女が急に飛び出してきたんだぁ」



 運転手はその後、被疑者死亡のまま書類送検された。

女を轢き殺し、タイヤに服や髪の毛を巻き込んだままタクシーを走らせ、壁に衝突した。

 途中、乗客を拾ったのは無理心中目的だったのか否かは明らかになっていない。

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