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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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神様の条件

 夢を見た。すごくリアルで、でも非現実的で

それでいて今の自分の心の内、望んでいることを突き付けられるようなそんな夢。


 人を殺せば人間に転生できる。


 真っ白な部屋で、これまた真っ白な髭と髪と服のおじいさんが少し偉そうにそう言った。

ただそれだけ。夢。夢・・・・・・。

 でも目を覚まし、しばらく経った今

それが現実、いや事実だと感覚的にわかった。

ただの夢なら、見た光景が記憶から段々薄れていくのに

何時間経ってもはっきりと覚えているからだ。


 人を殺す。そして人間に生まれ変わる。

おまけに記憶まで引き継いでくれるらしい。

 どうして自分が? 特別? 他にもいる?

 なんてことは考えるだけ時間の無駄だ。

そう、時間がない・・・・・・自分はもうすぐ死ぬ。

だから可哀そうに思った神様がチャンスをくれた。

 もう、それでいい。あれこれ考えなくても、気を使わなくても。

 この病院なら殺せそうな人間はたくさんいる。

 チューブを抜く、枕を顔に押し付ける。

上手くやればきっとバレない。いや、バレたところで・・・・・・。

でも・・・・・・




「なんだ。殺さなかったのか」


「・・・・・・はい。どうしてもできなくて」


「じゃあ、次だな」


「え? うわ!」



 ・・・・・・眩しい光の後、目を開けると何だか柔らかな場所にいた。

ここは、うわ! 誰? 女の子? でも大きい、いや、これは・・・・・・。 


 それが二度目の人生、いや犬生の始まり。

幼い女の子のいる家庭に引き取られたみたいだ。

 犬の生活は人間の時と勝手が違って最初は抵抗感があったけど

少しずつ慣れて行った。

 良い家族だった。看護師さんのように面倒見が良くて

大事にされ、すくすくと育った。

特に、女の子が一番やさしくしてくれた。

ギュッと抱きしめられると温かくて眠くなった。

 何不自由なかった。

『だった』そう全部過去。


 夫婦が離婚するまではの話。


 女の子はママと一緒に家を出ていった。

どうやら行く先はペット禁止のマンションらしい。

あの子のママが何回もそう言っていた。

だから仕方がないんだ。そう、仕方がない。

 この家に残され、もう何日もご飯を貰っていないのも。

 あの子のパパはお酒を飲んでばかりなのも。

ペットの犬のことなんて気にしていないのも全部仕方のない事。

そんなのはよくある事と知っている。

 でも、だからこそ今、パパは油断している。

 そう思う度に、神様の言葉が頭によぎる。


『次だな』


 そう、人間を殺せばまた人間に・・・・・・。

あの話はまだ生きている。

だから犬になってもこうして前の記憶があるのだろう。

 パパは鼾を立てて眠っている。

今なら喉に噛み付けばあるいは・・・・・・




「まただめだったのか。飢え死にとは苦しかったろうに」


「はい・・・・・・」


「じゃあ、次だ」



 その後、猫、蛇、蜂、と何度も転生し、そしてその途中で死んだ。

どんどん弱い生き物になっていく。

多分、そういう仕組みなんだろう。


 次に生まれ変わったのは・・・・・・蚊。


 もうチャンスはない。そう思った。

でも、そんなに落ち込んでいない。むしろ気が楽になった。

 蜂のときにも思ったけど空を飛べるのは楽しくて気分がいい。

できれば鳥にも生まれ変わって見たかったけど

まあ、贅沢は言いっこなしだ・・・・・・っと、いただきまーす。

 うーん、美味しい。

どの生き物に生まれ変わっても食事は楽しいなぁ・・・・・・。


 あ。



「戻ってきたな」


「はい・・・・・・あっさり潰されちゃったんですね」


「そうだ。だがおめでとう」


「はい?」


「次は人間の赤子に生まれ変われるぞ」


「え? どうして? 誰も殺してなんて・・・・・・」


「お前は病気を媒介していたんだ。まあ、あの国ではよくある話だな。

お前が血を吸った何人かが発症し、そのうちの一人はお前が潰される前にすでに死んでいた。

殺したのはウイルスだがまあ、お前の仕業と言っていいだろう」


「そ、そうですか・・・・・・」


「どうした? そんなに嬉しいのか?」


 涙が。勝手に零れてくる涙を止められない。

胸が苦しい。まるであの病院、生きていたときみたいに。


「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」


 顔も知らない人。殺してしまった人。

きっとまだ生きたかった人。


「あ、け、権利を・・・・・・人間の赤ちゃんに生まれ変わる権利を

その人にあげることはできませんか?」


「無理だな。そいつは歳をとりすぎている」


「そう・・・・・・ですか・・・・・・」


「そう後悔することはない。食べることも死ぬことも全て循環の中の一つだ。

で、人の赤子に生まれ変わる気はないのか?」


 声が出せなくて、ただ首を縦に振った。

 もう、このまま消えてもいいと思った。


「・・・・・・合格だ。さあ、来い」


 神様がそう言うと、目の前に大きな扉が現れた。

 ゆっくりと音を立てて開いていく。柔らかい光が体に触れた。

この先には何の苦痛もない。そういう優しい世界。

そう思うだけの温かさがあった。


「天国・・・・・・?」


「厳密には違うな。神の国だ。

お前はテストに合格したのだ。途中もし、人を殺していたら魂は破棄されていた。

あと、お前はただの蚊だった。病気なんざ持たせなかったよ」


 神様はそう言ってニッと笑った。

その瞬間、頭の中にあの場面が浮かんだ。


『どうしてあの子が?』『なんで死んじゃうの?』

『ねぇ、なんで?』『すっごくいい子だったのに』


 病気で他の子が亡くなると誰かがいつも訊ねる。

 その度に看護師さんが悲しそうな顔で、ぼくらに答えた。


『神様はね、気に入った子供を自分の国に連れて行ってしまうの』


 ぼくは嘘だと思ってた。


『どうしてパパは来ないの?』

『どうしてママは来なくなったの?』

 

 『仕方がないの』『お忙しいの』

『そういう事もあるの』『我慢しようね』


 そう言ってぼくらに大人になる事を強いてきたからだ。

 現実は病院の廊下みたいに、ぼくらに冷たかった。

 でも、ここは、今は違うと思える。


 扉が完全に開かれ、そよ風に運ばれてきた花の香りとお日様の匂いに

ぼくはどこか懐かしくも新鮮な気持ちで足を踏み入れた。

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