カラーコン
朝、男はうぅと呻き声を上げながらベッドから出ようとする。
その時であった。
――コツン
ベッドから出した足に何か当たった。
男が瞼を擦りながら目を向けると
「昨夜は飲みすぎたということか・・・・・・」
そこには真っ赤なカラーコーンがあった。
男は大きな欠伸をし、体を伸ばした。
ベッドが名残惜しいがそれで踏ん切りをつけ、身支度を始める。
その間も昨夜の事を思い出そうとするが、やはり二日酔いだろう
頭痛に阻まれ上手く行かない。
ただ以前にも酔った際に石やら箸やらゴミも持ち帰って来たことがあったので
特に気に留めはしなかった。
だが・・・・・・。
「うお!」
思わず声を上げたその理由。
玄関のドアの向こう、またもやカラーコーンが置かれていたのだ。
先程と同じ色、同じ大きさである。
――まさか、これも俺がどこからか拾って帰ってきたのか?
男は眉間に指を当て、考えた。
が、やはり思い出せない。そしてのんびりしてもいられない。
電車に乗り遅れてしまう。
男は慌ててドアの鍵を閉め、走り出した。
「うおっとと・・・・・・おいおい・・・・・・」
角を曲がるとそこにもカラーコーンがあった。
道にカラーコーンがあるのはそう不自然なことではない。
しかし、先程の件と無関係とも思えない。
もしや何個も重ねて持って歩いていた?
そしてそれを家に着くまでに点々と置いて帰って来た?
あといくつあるのだろうか・・・・・・。
これだって迷惑行為。場所によっては被害が出るかもしれない。
誰かに見られていたら?
あるいは防犯カメラか何かに・・・・・・。
そう考えた男は不安に思い、せめてもとカラーコーンを邪魔にならないよう
電柱の隣へと移動させた。
その後も他にも置いてやしないかと注意しながら走ったが
見かけることはなく無事、駅までたどり着いた。
目的の電車には乗れそうだ。そう一息つく。
カラーコーンの事は偶然だ。無関係。忘れよう。
そう思い、男はフッーと息を吐いた。
やがて、電車が駅のホームに到着。
ドアが開く。
「お、おお?」
乗客が降り、乗り込もうとしたとき
男を出迎えたのはカラーコーン。
戸惑う男だったが、さっさと乗れよと他の利用客に背中を押され車内に入る。
一体これはどういうことだ?
本当に偶然か・・・・・・?
誰かが吐いたとか何かをこぼしたとかそう言った理由で置いてあるのか?
男は吊り革を掴みつつチラチラとカラーコーンに目を向けそう思う。
がしかし、電車が駅に到着し、降りて階段を上がると
そこにもカラーコーンがあった。
わかった・・・・・・これは幻覚だ。酔いがまだ残っているのか
それとも知らず知らずの内にどっかで頭を打ってそれで・・・・・・。
と男は考えたのだが他の利用客が煩わしそうに
カラーコーンを避けていくのが見えた。
どうやらあれは現実に存在するようだ。
彼らは恐らく、滑りやすくなっているから
その注意喚起のために置いてあるのだろうとか
そんなことを考えてよけているのだろうが俺の場合は違う。
・・・・・・付き纏われている。意思を持ったカラーコーンに。
ただ理由が・・・・・・いや、待て。
確か昨日の夜、何かあった・・・・・・蹴り飛ばした・・・・・・かな?
それを怨んで? ・・・・・・っと、こうしている場合じゃない。
二日酔いで遅刻なんて社会人にあるまじき行為だ。
無視だ。無視。
そうとも、冷静に考えてみればただのカラーコーンだ。
刃物でも何でもないんだ。どうせ何もできやしないだろう。
だが、そのカラーコーンはそれからも執拗なまでに男の周りに現れた。
会社の自動ドアの前。入ろうとした喫茶店。飲み物を買おうとした自販機の前。
デスクの上にあった際はどうしてこんなものを置いているんだと上司に怒られた。
しかもそれはこの日だけで終わらず、毎日続いたのだ。
そして、ある時。男はついにキレた。
カラーコーンを蹴り倒し、踏んづけ、更には馬乗りになって殴りつけた。
蹴ったことで付き纏ってきたのなら、蹴られたことがそれなりに嫌だったということだ。
ならば、圧倒的な暴力で恐怖を植えつけようと考えた。
と、言うのは後付けで憂さ晴らし。
その形相。傍から見たら頭のおかしな男にしか映らないが
実際に気がおかしくなりそうだったのだ。
「もう、姿見せんじゃねぇぞ!」
捨て台詞を吐き、立ち去る男。
清々しい気分で夜空を見上げながら歩いていると
――カツン
足に何かが当たった。
見下ろすと同時にピクピクと再び憤怒の相が男の顔に浮かび上がる。
吸い込んだ空気。怒号が飛び出す、その瞬間。
カラーコーンがバキキ! と音を立て吹っ飛んだ。
突然現れた大型トラックに目の前で轢かれたのだ。
トラックはそのままドラッグストアの入り口に突っ込んだ。
居眠り運転だろうか、しかし男が何よりもまず気にしたのは
「お、おい・・・・・・」
男は痛々しい姿で道路に横たわるカラーコーンに近づいた。
「ま、まさか俺を守って?
そんな、ひょっとしてこれまでも・・・・・・?
なあ、おい・・・・・・う、う、クソッ! うあああああ!」
男は吼えた。
今度は怒号ではなく涙交じりの咆哮だった。
「それが僕たちの結婚のきっかけでした」
そう言った男は隣の席に座るカラーコーンに微笑んだ。
包帯をぐるぐる巻いてはいるがそれは純白のドレスとよく似合っていた。
「訊けば、酒に酔った僕は彼女を蹴り飛ばしたようなのですが
その後、すぐに抱き起こし、謝ったそうなんです。
それで、僕のことを優しい人だと思ってくれたらしくて
僕の傍にいてくれたみたいなんですね」
結婚式場で男の話を聞く親族、友人、同僚ら参加者は引きつった笑みを浮かべながらも
『多様性の世の中かぁ』と自分を納得させていた。
結婚の報せを聞くその少し前に人形と結婚式を上げた男や
ヤギと結婚した男、抱き枕や車と結婚した男のニュースを目にしていたことも
抵抗感を和らげた要因となったのだろう。
その彼らにもそれぞれのドラマがあるのかもしれない。




