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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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冒険者ギルドのピンハネ

 冒険者ギルドの職員の一日の始まりは朝早い。

カーテンと窓を開け、風と日の光を浴びる。

目の前に広がるのは穏やかな街並み。

この街は防壁に囲まれているから、安全かつ血の匂いが届かない。

 彼女がぐぐぐっと体を伸ばすと小鳥が二羽、窓の縁に降り立った。

コバルトブルーとガーネット。夫婦というよりかは姉妹のよう。

歌を歌えば髪にリボンを巻いてくれるようなそんなメルヘンチックな感覚に陥る。

 さあ、お行きなさいと手で彼らを送ると彼女もまた身支度を始める。

終わる頃にはもう時間は残りあとわずか。

靴を履き、ドアノブを掴むと一度だけ彼女は振り返る。

 

 いってきます。

 

 ガランとした部屋に溶けた挨拶。

巷で人気のペット、クリアラキャットがここにいたら・・・・・・と想像するが

先月の給金を思い浮かべると手が出ず、その想いは無残に散る。

 自分を納得させるように実際に飼った際のマイナス要因を思い浮かべ

彼女はドアを開ける。クソの始末はもう十分だ、と。

 

「あら、おはよう」

「おはよー!」

「おねーちゃんおはよー」

「これもっていったらぁ?」


 活気と笑顔溢れる朝の街並み。

街行くみんなが彼女に微笑みかける。

彼女もそれに応じ、元気よく挨拶する。


 そのまま機嫌よくヒールをリズムよく鳴らして職場に到着。

ここでも彼女は元気に笑顔で挨拶をする。

それが新人の最初の務め。

挨拶だけはいいと先輩に皮肉を言われるのも務めの内。

 更衣室で着替えを終え、ストレッチして、さあ始業時間。

 鐘が鳴るなり押しかける冒険者たち。

彼女が昨日、終業時間後に磨いた床に泥汚れがつき、土埃が舞う。

 が、顔を引きつらせる間もない。

彼らが掲示板に貼ってある依頼書を我先にと剥がして持ってくる。

彼女はそれをテキパキと吟味する。

 依頼内容はCランク。貴方はDランク。だから無理。

彼女が言葉柔らかく、そう突っぱねても

プライドが邪魔するのか悪たれる冒険者。

 後がつかえているため彼女は引きつり笑いで仕方なく通す。

心の中で悪態はつくが表には出さず。

 生活が懸かり、命の危険が伴う仕事ゆえ、荒くれ者が多い。

剛には柔で。本命のために体力は取っておく。

それが彼女がここに就職して数ヶ月が経ち、学んだこと。

 

 朝のラッシュ。それが大体捌けたら次はいよいよ本命。

依頼達成し、ここに戻ってきた冒険者への報酬の受け渡しだ。

どの冒険者も金、金、金と欲を顔に欲をぶら下げている。


 どん、と血と泥で薄汚れた革袋から受付台の上のトレーに出されたのは

血が乾ききっていない、魔物の体の一部。

それが討伐した証、依頼達成した証拠となる。


 今回出されたのはリザードマンの尻尾が四本とゴブリンの耳が三つ。

彼女はまたか、と内心思い、息を吸った。


「あの~、リザードマンは尻尾がすぐに再生するから

討伐証拠となる部位は目玉――」


 彼女が言い終わる前に冒険者は言う。

その汚い口から唾と共に出るのは屁理屈。

 

 ああ、まただ。またゴネる。

ゴブリンの耳だって二つで一セットだと明記しているのに三つで三匹分ですって?

片耳だけ削ぎ落としてきた? ホント、こんな連中ばかり・・・・・・。


 と、気力が削られる彼女。しかし、むん! と気合を入れる。

 不正には頑として立ち向かわないといけない、と。

適切な報酬を渡さないとどうなるか・・・・・・先輩からのお叱り、給金額。

彼女はそれを想像し、身震いした。

 二十分の押し問答の末にようやく向こうが折れた。報酬を渡し、次。

 同じような連中と同じようなやり取りを繰り返すこと三度。

おっ? と彼女の顔にふいに明るさが蘇る。


「あ、あのっ、これ、お願いしますっ」


 可愛い顔した少年だ。

この世界では魔法や剣といった才能が物を言う。

ゆえに見た目や年齢では測れないが、この子は新人冒険者ね。

そう思い、彼女が少年を見つめると、少年は照れたように視線を逸らす。

その少年の初々しさに彼女は目を細め、口角を吊り上げる。

 こちらは採取依頼。

ユスリス草にココイロマッシュルーム。

品質、数共に問題はない。が・・・・・・


「こちらは・・・・・・毒草のラッカ草が混じっていますね」


「え、あれ!? 本当だ・・・・・・でも僕、ちゃんと何度も確認したはず・・・・・・」


「うーん、同じ袋に入れていたとなると

他の草にも影響が・・・・・・まあそれはいいでしょう!

ただ、影響がないか検査費用がかかるので減額させていただきますね! 

はい、どうぞ!」


「あ、は、はい・・・・・・」


 少年は首を傾げながらもすごすごと退散する。

その背中に彼女はウィンクした。

 

「おいっす! よろしく頼むな!」


 どさっと置かれた革袋。

冒険者がその中身を取り出す最中、彼女はその顔を見上げる。

Bランク冒険者。髭面男。名前はダンザ。

ベテランなだけあって手強い相手だ。

これはこっちもベテランに回したいところ・・・・・・

と、彼女はチラリと隣の受付席の先輩に目を向けるが手が回らないようだ。

 相変わらず職員の数は足りていない。

儲けたお金はどこへ行っているのやら、と彼女はため息をつく。


「じゃあ、ねえちゃん、計算頼むな!」


「はーい!」


 愛想は良く、いつも笑顔で。そして慌てない。

これが疑われないために身に着けた彼女の処世術だ。

 が、袋から出された魔物の一部を前にし、彼女は大きく目を見開いた。

そしてその目で依頼内容を確認する。


 依頼内容はジュエルリザードの討伐であった。

宝石を生やしたような体。高い防御力。

重いが動きは素早く、さらに炎を吐く。

その上、好戦的でそこらの冒険者では相手にならない。おまけに希少種。

 討伐証拠となる体内の核も問題ない。

そして体表から採取したであろうこの宝石の山。

 これらは魔力を帯びていて、貴族のただの嗜好品だけではなく

魔法武器の装飾品としても加工され、人気が高い。

当然、報酬も高額だ・・・・・・が。


「こちらの宝石類ですが・・・・・・」


「おう!」


「少々傷がありますねぇ」


「お? そうかい? まあ中々の激戦だったからな!」


 その嬉しそうな顔。一晩経ったであろうにまだ興奮冷めやらぬといった様子。

アドレナリンが出ているのだろう。ペラペラと冒険談を語り出した。

 彼女はそれに大げさに相槌を打ち、さらに気分を良くしてもらう。

 いいぞ。今なら誤魔化せる。しかし気をつけなければならない。 

あまりやりすぎると不信感が残る。

彼は腕利きの冒険者だ。顔が広いし、噂が立つと困る。

それに拠点をよその街に移されるのも駄目だ。利益が減ってしまう。

気分良く帰ってもらわねばならない。そのちょうどいい塩梅。

新人の私にできるか? いや、やるんだ! これが私の戦い!

彼女はそう決意した。


「んで、まあ多少の傷は問題ならないんだろう?」


「いーえ! この分だと研磨、加工の手間賃がかかるので

問題にならないかと言われますともといった感じでございまして

この傷の深さだと最終的に小さくせざる終えないといった調子になりまして

やはり貴族は大きい宝石が好きと言った具合なので

大きいと言えばダンザ様! 腕が太いですね! ご立派!

ちょっと触らせてももらっても良いですか! かったい! すごい!

やはり流石、ベテラン冒険者様ですねぇ!

おっと横道でしたね、討伐されたジュエルリザードですが

もしやサイズが・・・・・・え? ええ、そのサイズですと

まだ小さめでしてどちらかと言えば

子供と言えなくもないといった運びになりますので

そうなりますと体表に有している宝石のほうも未成熟、価値としてもそれほどでは・・・・・・

ええ、え! まさか苦戦を? ですよね!

楽勝ですよね! ダンザ様の腕にかかれば

幼体のジュエルリザードなんてちょちょいのちょいで。

ええ、幼体です。

ほらこの核もこんなに小さく・・・・・・え? さっき出したのよりも小さい?

いやいやいやまさかそんな!

ほほほほほほ! ああ、ほら? 自分の目にはそう映るものです!

特に苦労した時なんて、成果が大きく見え

え? してない? 楽勝だった?

ですよね! さすがBランク冒険者様!

これはいよいよAランクへの昇格も手が届く範囲に入ってきましたねぇ。

Aランクになればモテモテのモテ!

勿論、今のままでも女性のお誘いが引く手数多で・・・・・・ええ、勿論!

このギルド職員たちの間でも噂に、良いカモ・・・・・・いえいえいえ!

醸し出される男の雰囲気がたまらないと! ええそうですとも!

じゃあこちらが報酬になりますありがとございましたー!」


 うまく捌けた。彼女は込み上げる喜びに顔を綻ばせた。

でも浸っている時間はない。まだまだ、カモ共は列を成している。

 そう、この冒険者ギルドの最も大事で、新人が一番最初に教わり守らねばならぬ事。

それはピンハネである。

それが職員の義務であり責務。

これで組織は成り立ち、今日も世界が回る。

割を食うのはウブな者たち。

 そう、就職したての彼女がそうだったように

この冒険者ギルドにおいて適正な報酬を渡さないと

代わりに自分の給金がピンハネされてしまう。

 彼女は就職した初月の給金を思い出し、涙ぐんだ。

もう、あんなお思いは御免だ。



「お願いするわ」


「あ、はーい!」


 お次は・・・・・・ほほう、可愛らしいお嬢さん。

ランクは最低ランクのE。楽勝ね。

 そう考えた彼女だったが依頼内容をチェックし、驚いた。

 

 嘘! Bランクのトネリハナの採取!?

これも高額。Eランクなのに誰が通して・・・・・・ああ、ランクは自由のやつね。

でもそれは危険地帯にしか生えないゆえに低ランクは自重し、挑戦しないものなのに。

まさかこの子があの危険地帯で・・・・・・え。


 受付のデスクに置かれた大量のトネリハナ。

本物であることは明らかであった。

このようなこと・・・・・・ないことはない。

ジャックポット。ラッキーパンチ。新人にはたまにあるらしい。

大方、危険地帯のその手前で群生しているところを発見したのだろう。

それなら・・・・・・と彼女は少女の目を見た。


「こちらは因みになんですけどこの地図で言うところのここの・・・・・・手前辺りで?」


「うーん、そうだったかもぉ」


「でっしたら! これはトネリハナでなくクククハナですね!

ええ、良くあるんですよ! 他の草に擬態し、採取され

他の地で種を落とし、繁栄するんですねぇうん。

偽者ですねぇ! うーん残念!

とは言うものの今回は特別にオマケしてこの報酬額で!

はあぁぁぁい! じゃあ、次の――」


「待ちなさいよ」


「はい? 後ろに並んでいる方がいるので」


「これは正真正銘のトネリハナよ」


 彼女を睨む少女。手で列から退くように促しても一切動こうとしない。

彼女はその様子にすぐに納得した。

ああ、成程。大勢の前で恥をかかされたと思っているのだ。

しまったな。ちょっとフォロー入れるか・・・・・・。


「・・・・・・いやぁ、ほっっんと誤解される方が多いんですよね!

この前なんかAランクの冒険者様も間違えたので私思わず――」


「それは誰? 名前を教えて頂戴。

もしかしたらそれも本物だったかもしれないわ」


「はぁ? あ、いえ。それは個人情報ですので・・・・・・」


「あと、クククハナはその辺りでは生えていないわ。

さ、もう一度だけよーく見なさい」


 その物言いに彼女の口がひくついた。

そして闘争心に火がつく。


 ナ・マ・イ・キ。駆け出しの癖してこの言い草。

いや、駆け出しだからだ。狭い見識で自分が正しいと思い込んでいる。

いいですとも。さ、私のターン。いっちょやりますか。


「うーん、クククハナは多年草で範囲も広いんですよねぇ。

さ・ら・に、トネリハナは地図のこの場所でしか咲かないんですよね。

ここは危険なモンスターが多く生息してまして

そこを、その服装を見たところええ、無傷では行けないんですよね。

さらにクククハナには特徴がありまして

そうここの根に近い部分が白くなっていますよね?

そう、これが擬態している証で――」


「クククハナの擬態の見分けかたは色のくすみよおバカさん。

それに私はちゃんとあの地帯の奥まで行ったわ。

ほら、これはそのとき倒したモンスターの核よ」


 少女はそう言うとカバンの中からボトボトと

血に塗れたモンスターの核を受付のデスクの上に落とした。

返り血が彼女の顔についたが彼女は拭う気にはなれなかった。

それどころではなかった。違和感。

どうしてこんな少女が? いや、何かがおかしい。何か・・・・・・


「何がなにやらって顔ね。私はこういう者よ」


「な、内部調査部?」


 少女が見せ付けたカードにはそう書かれていた。


 いや、嘘、嘘。嘘! 先輩! これ、どうしたら・・・・・・。

そう、彼女が目を向けるも先輩の視線は真逆の方、壁へ。


「このギルドの評判はよぉーく耳にしてたわ。

さ、奥で話を聞かせてもらいましょうか?」


 鐘が鳴った。遠く遠く、遠くで。

一度鳴るたびに、さらに意識が遠のくように彼女は感じた。

ただのお昼休憩を告げるもののはずなのに

全ての終わりを意味しているような気がしたのだ。

しかし、その時であった。


「調査官様、どうぞこれを」


「ギ、ギルド長!? いつの間に、それに・・・・・・」


「ふん、ま、忙しいみたいだし今日はこの辺で良いわ。・・・・・・またね」


「あ、帰って・・・・・・あ、あのギルド長? 今渡した小袋ってまさか」


「ふぅ、ピンハネする理由が分かった?」


「わ、わたし、一生ついてい――」


「それはそうと、貴女。適正なし、クビね」


 ピン、と指で弾くようなギルド長の動作に

彼女は毒草を飲んだように白目をむき、机に突っ伏した。

 脳内にただただ虚しく木霊する。


 嗚呼、リザードマンの尻尾切り・・・・・・と。

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