亀と兎
亀と兎がいた。
兎は走ることなら誰にも負けないと豪語し
足が遅い亀のことを執拗なまでに馬鹿にしていた。
亀は頭の良さなら兎には負けていないと自負していたが
それは慰めにはならない。
速さ。それがステータスであることは亀も認めるところだった。
ある時、兎は亀に競争を持ちかけた。
無論、勝つのは自分だということは百も承知。
亀がオドオドしながら断るのを馬鹿にするために言っただけだ。
亀もそれがわかっていた。
だから、しぶしぶ了承した。
馬鹿にされるのが後回しになっただけだとわかっているのに。
そして、競争の日。大勢集まる中いよいよスタート。
余裕綽々の兎はチラリと後ろを振り返る。
亀ははるか後方をノロノロ走っていた。
兎はペースを落とし、ついにはその場で足踏みを始めた。
そして亀が追いつくと併走。
仲良く走っているフリをして、罵詈雑言を浴びせた。
「ノロマ」
「遅すぎ」
「やる気あんの?」
「生まれが悪いんじゃない?」
「頭も悪いんだろ?」
「親もどんくさいのか?」
「クズ、ゴミ」
亀の顔が真っ赤になるのを見て、兎はせせら笑った。
それはずっと続いた。
亀が兎を突き飛ばす、ある地点まで。
地面に倒れる兎、そこにタイヤが迫り――
兎川翔平が起き上がることはなかった。
亀山勉はそのまま振り返ることをせず、スピードを上げゴールを目指した。
目撃者はいない。
兎川を轢いたトラックの運転手はもしかしたら一部始終を見ていたかもしれないが
亀山は平凡な小学生だ。
他の子供と見分けなどつかない。
マラソン大会のコース、ちょうど教師が配置されていない地点での事だった。
亀山がそれを計算していたかどうかは誰も知らない。
何にせよ、己を過信し相手を見くびるのは命取りなのである。




