救世主
ようやく落ち着いた心臓の鼓動がまた激しくなり
さっきの出来事がフラッシュバックした。
男に突然路地裏に連れ込まれ、下着の中に手を突っ込まれたのだ。
そんなこと女として生きていれば、想像しないこともない。
夜道を一人で歩いている時なんか特に。
自分なら上手く対処できると思っていた。
ドスのきいた声を出し股間を蹴り上げてオマケに唾を吐きかけてやる。
でも、現実は違った。
体が強張り、喉は締め上げられたように声が出なかった。
男の体温、生暖かい息が体に触れる。
でも私の体と心はどんどん冷えていく。
気持ち悪い。
早く時間が過ぎて・・・・・・。
押さえつけられ薄汚れた壁を前に、降伏した気持ちになったその時だった。
「おい!」
背後からした声。
それから間もなくして男は私の体から離れた。
そして、振り向いた私が目にしたのは
鮮やかな右ストレートが暴漢の顔に当たるその瞬間だった。
暴漢はたまらずズボンが落ちないように手で支えながら逃げていった。
私は助けてくれた彼に目を向けた。
まだ拳を前に突き出したまま、息が荒く、震えている。
これまで暴力とは無縁の人生を送って来た人なのかもと思った。
目が合うと彼はニコッと笑った。
ぎこちなく、そこがたまらなく可愛かった。
御礼をすると申し出たけど彼は大事な用事があるからと足早に立ち去った。
私も出勤途中なので、これからというつもりではなかったのだけど
連絡先は交換したかった。
でも、今はそれを考えちゃ駄目。
するべきは自分を落ち着かせること。
バレないように静かに素早く深呼吸。客の前で堂々とするわけにもいかない。
・・・・・・よし、大丈夫、いける。あ・・・・・・。
跪く彼と目が合った。
でも、大丈夫。私は仮面をつけているから彼は私だと気づいていない。
彼は媚びた様な笑みを浮かべた。
体を震わせている。
わかる。これは歓喜の震えだ。
私は彼の望むままに鞭を振る。
プロの女王様として。愛と感謝を込めて。




