おれは勇者
見張りの隙をついて、おれは前へ進む。連中などいちいち相手にしていられない。このあとの戦いのために、体力は温存しておかなければならないのだ。
ゾンビたちが周囲をうろついているが、無視する。むしろ、こいつらは罠だ。うかつに攻撃すれば、すぐに見張りが飛んでくることはわかっている。
……ようやく、たどり着いた。この扉の向こうに、魔王がいる。
うっ……! お前は魔王の手下。ふっ、お前を倒さなければ扉は開かないということか。負けるものか! やってやる! おれが奴を倒し、この世界を救うんだ!
「はいはい、夕下さん。お部屋に戻りましょうね」
「おれぇはゆうしゃだぞぉ? まおうをたおすぅ。じゃまをするなぁ……」
「おっと、危ない。はーいはい、勇者様ねー。魔王はあなたに倒されて、世界は平和になりましたよー。だから、お部屋に戻りましょうねー」
「あれぇ? ……そうだ! たおしたんだぁ!」
「はーい。ここですよ。さ、ベッドに寝ましょうねぇー」
「はぁーい……?」
「あ、夕下さん、また脱走しようとしてたの?」
「ええ、そうなのよ。困ったわねぇ。まあ今回は前みたいに大暴れしなかったから助かったけどね」
「よかったわね。前のときはほんとひどかったもの。ほら見てよ、まだ腕に痣が残ってる。無駄にすごい力なんだから」
「そうね……まあ、かわいそうな人だけどね。前にいた施設でも、それで追い出されたらしいし……」
「うーん、でも、また暴れたら他に行ってもらうしかないわよねぇ。こっちじゃ対処しきれないもの」
「そうねえ、ご家族がいればいいんだけど……」
「いても引き取らないでしょ」
「そうじゃなくて、何か好きな物とか、対処法が分かれば……夕下さんの下の名前すら知らないし」
「本人が名乗らないものねぇ。自分のことを『勇者だ』とかしか言わないから」
「あっ、もしかして、『夕下』ってそれ? 『勇者』が変化した名前だったりして。ははっ、まさかね」
おれは勇者。勇者だっけ? そうだ、勇者だ。魔王を倒して……世界は平和になって……姫と結婚して……。
ずっと幸せが続いてほしくて……それで、そうだ、魔王が持っていた宝の……秘薬を飲んで……不死に……それから……なんだっけ?
魔王が、魔王……ああ、魔王を倒さなきゃ……




