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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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 とある山道を一台の原付バイクが、ライトで闇を払いのけながら走っていた。

 もうそろそろ夕暮れだろうと思っていたら、あっという間に夜が来てしまった。どうも熱中しすぎたみたいだ。でも、それも仕方ない。黄金を目の前にしたら、誰だってそうなる。

 バイクを走らせているその青年は、胸ポケットにしまった“黄金”を思い返し、ニヤついた。

 もっとも、彼が手に入れた黄金と言うのは、小瓶を三分の一も満たさない量の砂金だ。しかし、彼は満足していた。

 小遣い稼ぎと言うよりはただの趣味。一人で黙々と川さらいをするのが楽しい。向いているんだろう。右脳人間というやつだな、あれ、左脳だっけ? いや、やっぱり右脳だったかな、と彼は頭を揺らしながら考えた。

 速度を緩め、彼は周囲に注意を向け始めた。ネットで調べた情報によると、この辺りには廃村があるらしい。彼は今夜、そこで野宿するつもりだった。金脈を見つけたのかもしれないのだ。時間をかけて一度家に帰り、また朝にここまで戻ってくるなんていうのは馬鹿らしい。この山の冷えた空気と風を一晩凌ぐことができればいい、そう考えた。

 景色が移り変わり、バイクのライトが古い家屋を照らし始めた。彼はさらに速度を緩めて、適当な家を探し始めた。


 ――何だあれは? 壷?


 彼は、妙な壺があることに気づいた。それは、この辺り一帯に散らすように置かれていた。蔦が張り、家同様に古びて見えるが、妙なのはどれも――


「あ、う、うあ!」


 悲鳴を上げながら、彼はバイクのハンドルを切った。そして……。


「いやぁ、まさかのう、人の顔を見て、悲鳴上げたと思ったら盛大に倒れるとはねぇ」


「すみません……まさか人が住んでいるとは思わなくて」


「ふふふ、まあ、大した怪我がなくてよかったじゃないか。お前さんが乗っていたアレは――」


「ああ、わかります? 古いだけじゃなくて、ちょっとプレミア物なんですよ。父から貰ったんです」


「ふーん? まあ、いいさね。さ、おあがりよ」


「いただきます……あの、おばあさんはずっとこの村に?」


 彼は老婆からお椀を受け取り、そう訊ねた。

 暗闇から現れた老婆に驚き、転倒した彼は、老婆に助け起こされ、そして話の流れで、家に案内された。

 老婆の家は囲炉裏があり、昔話に出てくるような雰囲気だった。


「ええ、そうですとも。ずっーとな。それで、お前さんはどうしてここに?」


「いや、まあ大学の夏休みを利用して、ちょっと一人旅にでもと」


「ははぁ、旅ね。それはいいことだ」


 砂金を採りに来たなんて言ったら目の色変えてくるかもしれない。これ以上の面倒事は避けたいと彼は思った。

 彼は囲炉裏の火に照らされた老婆の顔をじっと眺めた。その顔には深い皺が刻まれ、白髪がボサボサと生えていた。まさか山姥ではと思い、危うく轢き殺すところだったのに失礼にもほどがあると、すぐにその考えを打ち消した。おまけに、こうして宿を提供してもらった上に食事までご馳走になったのだ。愛想はよくしておこう。そう考えた。


「ところでおばあさん。来る途中にやたら壷があったんですが、あれは何ですか? 何か、顔があったような……」


「あれはなぁ、ま、墓みたいなものさね」


 墓……ああ、骨壷かな。それにしても墓に納めるのではなく、あんな剥き出しで外に放置するなんて、変わった風習の村だな。土で汚れて、蔦が絡みついて、ああして自然に還っていくのだろうか。樹木葬とでも思えば、それも悪くはない気がする。彼はそう思った。

 夕食を食べ終えると自然と眠気がきた。おなかが満たされ、緊張が解けていくのが感じられた。彼は、まさか襲ってきたりはしないだろうと思い、ちらりと老婆を見た。

 老婆は食器を抱えて、青年に微笑みを向け、家の奥へと消えていった。

 まあ、たぶん大丈夫だろう。疲れて考えるのも億劫になっている青年はそのまま横になり、瞼を閉じた。


 朝を迎えた青年は、起き上がり辺りを見回した。見慣れない景色に、一瞬混乱したが、昨夜の出来事を思い出し、納得した。服を脱がされていないことを確認し、ふっと笑う。老婆の姿はなかった。さすが、年寄りは早起きだ。物音がしないことから、家の中にはいないようだ。山菜でも取りに行ったのかもしれない。あるいは他の村人と会っているのかも。

 彼は自分の荷物、特に砂金が無事であることを確認した後、体を伸ばし、気合を入れた。

 山を少し下って砂金探しの続きと行こう。彼は老婆の家を出た後、誰もいない家に向かってお辞儀をし、バイクにまたがった。


 ふと、庭を見ると昨夜は暗く、バタバタしてため気づかなかったが壷があった。

 彼はバイクから降りて、壺に近づき、しげしげと眺めた。

 土器、というか、ほとんど土でできているようだ。かなり年月が経っているためか、地面との境目が曖昧になっている。雨水が入らないようするためか蓋がしてあるが、木製でボロボロだ。完全に防げはしないだろう。

 そして昨夜、彼が妙だと思ったとおり、壺には顔が形作られていた。それも、非常に精巧に。

 デスマスクだろうか。あり得ない話じゃない。むしろしっくりくる。あの老婆は墓みたいなものと言っていたからだ。


「それは、息子だよ。よく育っただろう」


 背後からの声に青年は驚き、少し飛び上がった。

 振り返るとそこには老婆が立っていた。


「あ、おばあさん、どうもお世話になりました……。えっと、育つって?」


 壷に味わいが出てきたという意味だろうか。茶器のように。彼はそう思った。


「そうとも、顔がな。はっきりと出てきているだろう?」


「ええ、まあ」


「ふふふ。やがてな、その顔が、もっともっとはっきりとなるとな、土と同化して手足が生えて、家に帰ってくるのさ」


「帰る? 手足? えっと、あはは、何の話でしょうか? この顔は作られたものじゃ……」


「いいや、浮かび上がるのさ。壷の中身に引っ張られるようにな」


 青年は老婆が何を言っているのか、まったくわからなかった。

 おそらく、妄想だろう。気が触れているのだ。そう納得した。しかし、下手に否定しないほうがいい。怒り出した老婆の相手をするのは、考えただけで気疲れしそうだ。今日の作業のために体力は残しておきたい。

 

「あー、それじゃ、お元気で」


「あんたも、じいさんになるか病気したらここにおいで。そうすりゃ作ってあげるからね」


 彼は適当なお礼の言葉を述べて、再びバイクにまたがり、山道を下り始めた。一体、あの老婆は何だったのか。いや、考える意味はない。気を取り直して、昨日の川に向かおう。そう思うも、壷、壷、壷の顔。いや、顔の壺。それは村のそこら中にあり、こちらを向いていない壺まで自分に注意を向けているようで、彼は不気味に感じた。


 ――中身にひっぱられて、か。


 彼は老婆の言っていたことが気になり始めた。そして、自称だがトレジャーハンターとしての直感を信じ、バイクを止め、木のそばにある壷に近づいた。

 それは、やはり死に顔のようだった。その壺は老婆の家の庭で見たものよりも精巧で、耳まで作られていた。

 青年は木製の蓋を取ろうとした。すると、脆くなっていたようで、少し押しただけでボコッと穴が開いてしまった。

 しかし、これはちょうどいいと思い、指をその穴に引っ掛けて蓋をどかし、中を覗き込んだ。

 壺の中は、半分ほど液体が入っていた。おそらく、蓋の隙間から雨水が入り、中に溜まったのだろう。自分の顔が影になっていて、中身がよく見えない。しかし、いい匂いがした。

 もしかすると、お酒かもしれない。梅酒のようなものだろうか。中に何か固形物が入っているようにも見える。きっと漬け込んでいるのだ。

 青年は指先を液体に浸し、引き上げた指を口に咥えた。


 ――うまい!

 

 それは甘みがあり、また深みもあった。

 不衛生に違いないとわかってはいるのに、ついつい手が止まらなかった。

 青年は壷の縁に口をつけて豪快に喉で味わいたい衝動に駆られたが、雑草や周りの土と一体化しつつあるようで、壺を持ち上げることはできない。

 底に根が張っているのかもしれない。青年は壺を地面から何とか引き抜ぬこうとして両手でつかみ、力を入れた。


「うわっ!」


 しかし、力を入れすぎたのか、あるいは壺が脆くなりすぎていたのか、その両方か。壷が割れてしまった。


「いや、何だこれ……あ、あ、まさかこの村の壷の中身って、全部……あ、ああああ!」


 僅かな浮遊感と頭部への衝撃の後、青年は意識を失った。そして……


「気がついたかぃ? 足を滑らせて斜面を転がり落ちたようだねぇ」


「あ、あ、おばあさん……」


 青年は再び、老婆の家にいた。壺の中身を知り、動揺した青年はよろけて、老婆が言うように斜面から転がり落ちたのだ。青年は徐々にその記憶を取り戻していくとともに、体の痛みを感じ始めた。彼は起き上がろうとしたが、体を動かすことができない。


「大丈夫、あんたの分の壷はあるよ」


 老婆が言った。


「あの、やめて、助け、て……」


「落ちた時に、腹に尖ったふとーい枝が刺さったんだ。もう持たないさ。せいぜい半日だろう」


「あの、救急車を……電話を!」


「きゅうきゅうしゃ? でんわ? なんだいそれ?」


「スマホ! 僕のスマートフォンは!?」


「すまほ? うん? ああ、大事そうに持っていたこの砂金の愛称かい? さ、どうぞ。握っていなさい。後でそれも壷に入れてあげよう。それもきっと、いい出汁になるさ」


「たす、たすけて」


「かわいそうに、大丈夫、大丈夫。あんたもいつか帰ってこれるさ。それまでちゃーんと待っててあげるからねぇ。あたしは壷の中の蜜のおかげで長生きなんだ。ああ、また会えるよ」


 一体、このおばあさんはいつからこの村で生き続けているのだろうか。

 青年は機嫌良さそうに笑う老婆を見つめながらそう思った。しかし、瞼が重くなっていく。暗闇に沈むように、痛み、寒気、体から徐々に意識が離れていく感覚がする。包丁を研ぐ音が耳心地が良くて余計に眠くなる。どこか穏やかな気分だ。

 瞼を閉じると木々のさざめきが聴こえた。鳥の囀り、川のせせらぎ、葉が落ちる音も。蟻の足音さえも聴こえる。きっとこれらは壺になった後の僕が耳にする音なのだろう。

 ああ、心が安らぐ。雨の音。風の音……あのおばあさんの矯声。まるで御馳走を前にした子供のようにはしゃいでいる。ああ……。


 久々の活きのいい脳みそを前に、果たして、おばあさんは我慢してくれるだろうか……。

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