夢のような話だ
とある昼。道を歩く一人の男がいた。彼は、「おっ」と思い立ち止まった。そして、屈み、手を伸ばそうとしたところで、辺りを見回した。
――よし、大丈夫だ、周りに人はいない。
彼はそう思い、にやりと笑った。彼が道で見つけたのは、黒色の二つ折りの財布。拾って中を確かめると、そこそこ入っていたので、つい笑い声を上げた。
……と、そこで目が覚めた。
夢だった。周りはいつもの部屋。彼の場合、ボロアパートの。そう、これはたまにあることだ。誰もが一度は見たことがある夢の内容。起き上がり、寝床から出ても、もしかしたらその辺にあったりして……なんて夢見てしまう。当然、あるはずもなく、幸運を逃した気になり、少し落ち込み頭を掻く。そして、いつもの日常へ戻るのだ。
彼もそう思っていた。
「……えっ」
しかし、彼の場合は違った。起きた瞬間、手に何か馴染みのない感触があることに気づいた。ゆっくりとそれを顔の前に持ってくると、その手にあったのは夢で見たままの財布だった。
その後、彼は自分の頬をつねったり、顔を洗ったりして確かめた結果、理解した。
そう、おれは夢の中の物を現実世界に持ち帰ることができるようなったのだ!
これが始まりの話。それから彼は雑誌や映画のDVDを買い漁った。金銀財宝が出てくるものに限定してだ。それはなぜか? 寝る前に目に、脳に焼き付けてその夢を見ようという考えである。
単純な思い付きだったが、これがうまく行き、彼の部屋は持ち帰った金塊や宝石、金貨が積み上がっていった。
紙幣は持ち帰らないようにしていた。夢だけに、どうにも肖像が笑っていたり、あやふやなのだ。それに紙幣番号もある。成功に記憶しようにも、こればかりはどうしようもない。あの財布の中の金も使い物にならなかった。
だから、彼は眠りにつくギリギリまで黄金や宝石のことだけを考えるようにしていた。それが夢の中に出れば、あとは両手に持てるだけ持ち、という寸法だ。夢の中に袋が出てくるとなおよし。袋の中に入れて大収穫だ。
夢の中の登場人物に何度か邪魔され、捕まったこともあるが、何てことはない。目を覚ませば牢屋だろうと、どんなピンチだろうとおさらばというわけである。向こうはきっと煙のように消えたと、驚いたに違いない。もっとも彼がそれを知ることはないが。
そして、その夜もまた彼はお宝を夢見て眠りについた。
「おおおっ! はははは! 夢、さいこおおおう!」
今回のように金銀財宝が詰まった宝箱が出てくる夢は大当たりである。彼はクレーンゲームのように、ガシッと両手両足で掴みかかった。しかし、すぐに離れた。目覚めるにはまだ早い。そう考えた彼は、周りの金貨をポケットの中や宝箱の中にギリギリまで詰め込もうとした。麻薬中毒者のような笑い声を上げ、顔や瞳の中までも輝く金貨色にして、もう少し、あともう少し。よし、これでいい……やっぱりあともう少し……。
と、欲をかいていたその時であった。
「……おお? 揺れ、ああああああ!」
声を上げずにはいられないほどの大きな揺れが全身を襲った。
彼は立っていられず、その場で転び、顎を打った。
その衝撃からか、彼は目を覚ました。しかし、彼はまだそこが夢の続きかと思った。なぜなら、彼が住んでいたアパートは崩壊し――
「ウアアアアアアアオオオオオン!」
怪獣がいたのだ。そう、あの夢の中、財宝と彼の下に怪獣がいて、彼はその体にしがみ付いて目を覚ましたのだった。
その事を理解した彼だったが、どうすることもできない。怪獣に蹂躙されていく街を前にただただ慌てふためいた……が、彼はフッと笑った。こう考えたのだ。
大丈夫だ。だってそうじゃないか。そもそも、夢の中のものを現実に持ち帰れるなんて、それこそ夢みたいな話だ。
だから、現実と思っていたここも夢。少し残念だが、これまでのもずっとそうだ。ああ、夢にしては長すぎるって話だが、夢での時間の感覚なんて正しいかもわからないし、それにそう、きっとおれの体は事故か何かにでもあって昏睡状態にあるんだ。
長い夢を見ているわけさ。夢の中でまた夢を見るくらいに。うん、きっとそうだ。
それがどこか現実逃避な考えであることは彼自身わかっていた。ビルが崩れ、家が潰され、車が蹴られ、爆発音と悲鳴が上がる。火と煙が空に昇り、怪獣の咆哮と足音が肌にびりびりと響く。紛れもなく、ここは現実だ。自分がこれまで生きてきた世界。匂い、温度、五感がそう告げているが、彼にはどうすることもできなかった。
――なんだ、あいつは?
目を覆いたくなるような現実を前に、彼はふと、どこか異質でそれでいて親近感のようなものを抱く、ある姿を目にした。
それは袋を抱え、ニヤニヤと笑う見知らぬ男だった。
火事場泥棒か。まったく、こんな時によくもまぁやるものだ、と彼は呆れた。
しかし……。
「よし、大収穫だな。ひひひ」
――えっ。
その男はそう言うとスゥーと姿を消した。それはまるで、かつての自分のようだった。
じゃあ、ここはまた誰かの夢の中なのか……? でも、この感覚。確かにここは現実世界だ。おれの今までの現実は……おれって……。
打ちひしがれる彼はハッと顔を上げた。その目にはガラガラと世界が端から崩壊する様子が映っていた。




