ゴールドラッシュ
春、それは芽吹きの季節。寒い冬を越え、紡がれた命を生き物たちが謳歌し、また次の世代へと命のバトンを渡す。すでに桜は散ったが、それでも景色を楽しむには申し分ない、いい天気だ。自然豊かなその山に足を踏み入れる者は、皆一様に穏やかな表情を浮かべる。この瞬間までは。
「うおっ!」
それを見つけた男は声を上げた後、慌てて口を塞いだ。ハイキングコースを歩く、他の登山客が「おやっ?」とした表情で男を見つめる。
男は取り繕うように咳払いをし、何事もなかったかのように振る舞った。しかし、その手はかいた汗も逃がさないほど、固く握り締められている。
周囲の注目が薄れたと見た男はゆっくりと手を広げた。
そこにあるのは金の粒だった。おそらく、これは黄金だ。男はそう思い、ニヤッと笑った。何という幸運。ここが金山だとは知らなかった。まだ他にもあるに違いない。周りに気づかれないように慎重に探そう。しかし、なぜ葉っぱの上に金の粒が? これはまるで……。
「あ!」
「おお!?」
「え!」
周囲から、先ほど男が出したものと似た声が上がった。そのことから、男は他の者も金を見つけたことを悟った。声はまるで風に吹かれるタンポポの綿毛のように広がっていった。
そして、この話はその場だけに留まらず、瞬く間に世の中に拡散され、その山には地鳴りのような足音が響くほど大勢の人々が押し寄せた。
ゴールドラッシュ。神様も機嫌がいいときがあるもんだ、と人々はニヤリと笑い、草を掻き分け、木に登り、川や池の中に入った。
そして、彼らは次々と見つけ出した。文字通り、金の卵を。そう、この山の生き物はなぜか金の卵を産むのだ。虫、カエル、そして一際大きい金の卵を産むのは鳥だった。金を欲して目の色変えた人々が、昼夜年齢問わず押しかける。家族総動員。年寄りも子供も怪我人も関係ない。駆り出され、黄金探しに汗を流した。
その熱気はとどまることを知らなかった。しかし、それは当然と言えた。まずは、そこそこ頭の切れる者が気づき、そしてニュース番組のコメンテーターが広めた。
この勢いは今年だけのこと。
それもそのはずだ。いずれこの山から生き物はいなくなる。繋ぐはずの命が黄金に変わってしまっているのだから。むろん、鳥は来年も卵を産むだろう。しかし、餌となる虫がいない山に住み続けるだろうか。それ以前に草をむしられ、土を掘り返され、踏み荒らされ、喧騒に満ちた山だ。とうに見切りをつけて飛び去ったことだろう。
人々は構うことなく、昼も夜も秋も冬も黄金を探し続けた。こうして、見るも無残に変貌した山。かつての澄んだ空気はとうにない。まるで暴動の後のように人々が残したのは破壊の跡と散乱するゴミ。人々の狂気によって、その山から生命の息吹は消えたのだった。
それから少し時間が経って、とある病院で……。
「あああああっ! ああああっ!」
悲痛な声を上げるのは、あの黄金探しの参加者の妊婦だった。
「こ、これは……」
赤子を取り上げた医者はそう声を漏らした。周囲からは戸惑い、それに少々の色めきだつ声がした。医者のその手には眩いばかりに輝く、赤子の形をした黄金の塊があった。
ゴールドラッシュの熱量は伝播する。空気を介して、どこまでも、どこまでも……。




